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目撃


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「よし、今日も時間だし帰るか」
 
この日も桐生は図書館での勉強を終え、荷物をまとめていた。最近はテストが近づきつつあるため図書館で勉強する人も少なくない。そのため席の確保が大変になっているが、桐生はホームルームが終わると直行しているため問題なかった。
桐生は坂柳と情報交換(ほぼ個人的な呼び出し)のない日は基本図書館へとやってきてその日の授業の復習や課題を済ませてしまってから自宅へと帰るといった生活をしていた。そうすれば家で勉強する量を減らし、その時間を読書の時間に充てられるからだった。因みにその際、一緒に椎名とすることがあるが、今日椎名は茶道部に行くため来ていなかった。当初椎名が茶道部に所属していると聞いた時には驚いたものだが、私はお茶が好きなので入っただけですよ、と言われたのだった。
話を戻すと、桐生は普段は閉館時間よりも早く終わらせているのだが、今回は課題が多く出ていたので終わらせるのに手間取り、閉館時間ギリギリになってしまったのだった。

そういえば教室に椎名から借りてた本忘れてたな。いくら無期限で貸してくれているとはいっても早めに返さないといけないな。ちょっと手間がかかるけど教室に取りに帰るか。
椎名はミステリーを読むのが好きなため、よく桐生にも本を貸してくれる。しかし、一冊借りて、二日ほど経つとこれもオススメですよ、と新しい本を紹介してくるのだ。最初は断っていたが、そうですか...と普段感情を出さない椎名が少し悲しげな表情を見せるのが、申し訳なく感じてしまうため、借りて二日ほどで読んで再び借りて...の繰り返しをしていた。

そのため、教室に取りに帰ることを決めた桐生は、まず最初に職員室に向かった。教室を施錠する鍵は職員室に管理されているからだ。流石にもう6時を回っているため教室に残っている人物はいないと思ったからだった。
しかしながら、いざ職員室に向かってみるとそこに1年Dクラスの鍵は返却されていなかった。それによりまだ教室に誰かがいることを示していたが、桐生と同じく忘れ物をした人がいたのだろうと考えてDクラスへと向かった。
 
もう5月とはいえ夜ならば未だ寒い。今日は一段と冷えた一日であり、防寒具が欲しく感じるほどであった。流石にそんな寒い空間に長時間いたいわけではないので桐生は駆け足でDクラスへと向かっていた。
そうしているとDクラスが見えてきた。部屋には明かりがついていなかったが、誰もが職員室からの最短ルートを通るだろうし、すれ違いもなかったため、鍵が開いているのだろうと判断した。いざ、桐生が扉に手をかけた瞬間、中から声が聞こえてきた。
 
「今ここで、あんたにレイプされそうになったって言いふらしてやる」
 
あまりに衝撃的な発言をしていたため、とっさに桐生は気配を消して中の会話を聞く。『レイプされそうになった』その発言から今この中には男女が一人づつ教室にいることになる。さらにその言葉から女子生徒が男子生徒を脅迫しているのだろう。そしてその脅迫をしている女子生徒というのは...

明るく全校生徒全員と友達になりたいと初日の自己紹介で語っていた女子生徒、櫛田桔梗であった。その言葉遣い、殺気のような気配は普段の彼女を知っている人ならばそんなはずがないと否定するほど普段の彼女の様子とかけ離れていた。普段は明るく快活で言葉遣いも優しいが、今の彼女の話し方は普段と真逆の冷たく威圧するようで言葉遣いもきたなかった。
 
「普段のお前と今のお前、どっちが櫛田桔梗なんだ?」
 
脅されている男子生徒が質問する。その話し方や声で脅されているのは綾小路であると分かった。一体綾小路が櫛田に何をしたのか、そこがとても気になっていった。
 
「...そんなこと。あんたには関係ない。余計な詮索をするな」
 
「そうだな......。ただ、今のお前を見てどうしても気になった。堀北のことが嫌いなら自分から関わる必要ないだろ」
 
嫌いな人間に協力するというのはあまりできないことだ。人間誰しも、あの人苦手、という人は必ず存在する。たとえどれだけコミュニケーション能力が高くても必ずだ。それなのにしていたというのは些か疑問だ。確かに桐生も聞いてみたかった。
 
「誰からも好かれるように努力することが悪いこと?それがどれだけ難しくて大変なことか、あんたに分かる?分かるわけないよね?」
 
確かに難しい話だろう。先ほども述べたが相性の悪い相手は必ずいる。そうなると誰かも好かれるというのは不可能に近いことだ。だからこそ、全員と仲良くするという考えはとうてい桐生には理解できなかった。
 
「たとえそれがストレスを抱えるとしてでもか?」
 
「そうよ。それか私の望む生き方。自分の存在意義を実感出来るから」

櫛田は一切迷うことなく答えた。それか櫛田なりの考えなのだろう。
 
「この際だから言っておくけど、あんたみたいな地味で根暗な男、すごく嫌い」
 
鋭い言葉が綾小路にストレートに撃ち込まれる。普段の彼らな落ち込んでいただろう。しかし、綾小路は気にすることなく流していた。
 
「...これはオレの勘だけど、お前堀北と知り合いなんじゃないのか?この学校以前の」
 
少し櫛田が黙ってから答える。
 
「......なにそれ...意味わかんない。堀北さんが私のことを何か言ってた?」
 
「いや、櫛田と同じで初対面ぽい印象は受けている。でも、少しおかしいとも思っている」
 
「...おかしい......?」
 
「まだ入学して間もないオレのことを、自己紹介の時に名前を覚えてくれたと言っていたな。だったらお前はいつ、どこで堀北の名前を知ったんだ?あの時、あいつは自己紹介に参加していない。もし知っているとするならば須藤くらいだが、あの時のお前はまだ須藤との接点はなかったはずだ」

とても鋭い観察眼を綾小路は持っていたようだ。確かにあの時堀北は自己紹介の場にはいなかった。興味ないと言ってすぐに帰っていってしまったからだ。この学校では名前をわざわざ学校がまとめたものなど送らない。自ら話したりすること以外で互いの名前を知れることはない。それにも関わらず知っていた堀北の名前。これは説得力が強い。
 
「もういい、黙って。これ以上綾小路くんと話しているとイライラするから。私が言いたいのは一つだけ。今ここで知ったことを黙っていられるかどうか」
 
口を閉ざすようだ。しかし、無言は肯定になる。どこかしらで櫛田は堀北の名前を知っていたのだろう。本人が口を閉ざしている中、真実は闇の中だが...
 
「言いふらしたりはしない。もしオレがお前のことを話しても誰も信じないだろうが。だろ?」
 
確かにクラスで地味な綾小路があれこれ言ってもクラスでも特に人気の櫛田がそんな顔を持っているなんて思いもしないだろう。綾小路の虚言を疑われるくらいだ。
 
「......わかった。綾小路くんを信じる」
 
「オレを信じられる要素なんてあるか?」
 
「堀北さんって変わっているでしょう?そんな堀北さんが綾小路くんだけは心を許している。」
 
「ちょっと待て、心を絶対許していない。絶対にだ」
 
「......そうかも。でも堀北さんが誰よりも綾小路くんに頼んでいることは多いかな。あれだけ警戒心が強い堀北さんが心を許しているのだから。そして私は同学年の誰よりも多くの人と接点を持ってきたと自負している。そして多くのくだらない人間や優しい人間を見てきた」
 
「...誰よりも人間を見ているから人を見る目は正しいと?」
 
「別に不思議なことはじゃないよ。だって綾小路くんは他人に対して興味ないでしょ?それなら無駄に言いふらしたりはしない」

櫛田も多くの人とコミュニケーションを取っているだけあって観察眼がいいらしい。Dクラスの面々はそういった人が多いな。もしかしてDクラスは欠陥があるが素材は一級品を集めたクラスなのかもしれない。その言い方だと自分の力も過信しているようだが、決してないことをここで言っておくが。
 
そんなことを考えていたら最中、次に耳に入ってきた言葉に再び桐生は驚かされることになる。
 
「でもね、綾小路くん。綾小路くんよりもうざい人が一人いるんだ」
 
「一応聞いてやるが誰なんだ?」
 
「桐生くんだよ」
 
また一段と声が低く威圧する声に変わった。先ほどの堀北のことを蔑んでいた時の声になる。
 
「......それはまたなんで?」
 
「あいつは確実に私の裏のことを知っている。最初の時もそうだったし、プールの時もだった。プールの時に私のことを綾小路くんも含めて殆どの男子は私のことを見ていたのにあいつは私のことを見ていなかった。ここまでならそういった欲がないのかと思った」
 
「違うのか?」
 
「あいつは露骨なほど私が話しかけにいくのを拒否する。これほどまでに私から距離を置く男子なんていなかった。だからあいつは私のことを絶対に警戒している」

どうやらあちらも相当俺のことを毛嫌いしているらしい。堀北ですらあいつとは言わなかったが、俺のことはあいつと呼んでいる。そこからも嫌われていることが分かった。別に櫛田にいくら嫌われていても気にしないが。
 
「それにあいつは私がまだ会うことも出来ていない坂柳と仲がいい。なんであんな奴にできて私が出来ないの!?あいつは私の存在価値を否定してくる!しかも坂柳ってやつも私のことを弄ぶようにのらりくらりと躱してる。本当にあいつも坂柳ってやつもうざい!」
 
また有栖が関わっていた...。有栖のことだから櫛田と接触するのを避けて、会えないところをクスクスと笑っているのだろう。その姿が容易に想像できる。自分にも理由はあるが有栖が原因というのはあるのだろう。このこと有栖に言ってもふふふっと笑って流されそうだし。訳あって有栖と同盟組んだけどこの三年間でどれだけ俺のことを振り回すのか...
 
これから密接に関わっていくことになる少女に振り回される様子を想像して頭が痛くなってきていると、中は話がついたらしく、教室から出てくるらしい。
もしも櫛田に見つかるとそれこそ大変なことになると思ったため、すぐに物音を立てないようにDクラスのドアを出て死角になる場所に身を潜める。
 
桐生が隠れた瞬間、ドアがガラリと開き、中から櫛田が出てくる。その様子は先ほどまで心の闇を見せていたということを一切感じさせない、普段の櫛田桔梗であった。
しかし少し待ったが一向に綾小路が教室から出てこない。早く出てきてくれないと借りた本を取って帰れないため、少し焦る。
 
「教室の死角にいるのは分かっているぞ、桐生」

不意に俺を綾小路が呼ぶ。あれだけ気配を消して動いていたのに綾小路は気づいていたのか、と桐生は驚いたがここで黙っていても何も進展しないので大人しく教室へと入る。
 
「やはりいたのか」
 
「いつから俺のことに気づいていた?」
 
「いつからといえば櫛田と話し始めてすぐだな。誰かの気配がしたが、正直言って今まで桐生だという確信はなかった。けど、気配の消し方が並ではないなって思ったから桐生だと思っただけだ」
 
「そこで俺だと思った理由は?」
 
「お前はスペックが高い。それこそ俺とは比べ物にはならないほどな。それが理由だが、他にはこの時間に教室に来そうにないというのが理由だ。さっき桐生が図書館で勉強していたのを見たからな」
 
よく見てたな...。普段俺が図書館で勉強する時には人目のつきにくい端のテーブルを使うのだが、それを見ていたということになる。やはり綾小路には注意をしておく必要がある。俺よりスペックが低いと言っているが、ほぼ確実に俺よりスペックが高い。敵対するとロクなことはないな。運良く綾小路は有栖とは違い事なかれ主義をしている。綾小路と敵対することをしなければ害はないだろう。
 
「よく見られていることで」
 
「事なかれ主義をしていると周りのことが気になるものでな...。それでさっきまでそこにいたのなら櫛田の発言も聞いていたんだよな?」
 
「ああ。聞いたよ。まあ、櫛田が俺を嫌っていても関係ない話だ。もしも俺と対立するなら容赦はしないがな」
 
「そうならないことを切に願ってるよ」
 
綾小路も目的は終わっていたらしく、桐生も目当ての本を取って帰路についた。しかし、綾小路から滲み出る不気味さが桐生は気になって仕方がなかった。

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ひよりのことを椎名と書くの違和感ありますね。早く下の名前が呼べるところまで進展させたいです

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