
[R18][SakaUra] 俺はずっと隣にいるよ。
Author: じゃむおじ
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当小説はnmmnのものとなっております。
上記に関して理解の無い方はブラウザバックをお願い致します。
実際に存在する人物を扱っておりますが、ご本人様とは全くもって関係の無いものとなっております。
このことを全てご理解頂けた方のみ、読んでくださると嬉しいです。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
僕が君のそばにいるから
いつだって、君を守ってみせるから
君のことを考えると
いつだって嬉しくて、あったかくて
でも切なくて苦しくて
君が好きなんだって、強く強く、思った。
でも君は違うから。
君が選んだとなりの人は、僕じゃないから。
_____だからぼくは、この歌を歌うよ。
俺、坂田明には、ずっと思い焦がれている人がいる。
いつから好きだったのか、どんなところが好きなのか、きっかけはなんなのか。
そんなこと、今の俺にとってみればどうでも良い話で。
ただ気づいたら目で追っていて、もう後戻り出来ないくらいに、この恋に溺れていた。
「ふぁ…………んー………」
俺をそんな気持ちにさせているのは、隣に座って呑気にあくびをしている男、浦田渉。
今日はメンバー4人で集まって今後の日程やライブについて話し合った後、うらさんの家で4人一緒にゲームをしていた。
ハウスでもよかったけど、うらさんが自分の家の方が近いからと、俺たちを誘ってくれた。
うれしい。
久しぶりの、うらさんの家。
そんなうらさんの家には、俺とよく出かける時にゲームセンターで取るぬいぐるみが置かれている。
ホコリも、何1つ被ってない。
一つ一つ大切にしてくれているのが分かって、俺は見る度に心をくすぐられる。
ぬいぐるみをあげる度、嬉しそうに笑う君が愛おしくて。
今度俺から誘ったら、一緒にまた行ってくれたりするかな、なんて考えたりして。
「__た!!さかた!!!何しとんねん!!もうちょい右や!!」
「……へ?あ、やべっ!!!」
隣にいるうらさんの眠そうな横顔を見つめていると、反対側の隣にいた志麻の大きな声が頭に響き渡る。
慌ててコントローラーで操作しようとするが、既に遅い。画面には、大きく赤でGAME OVERの文字が出てきていた。
それと同時に、隣から不満そうな視線も感じる。
「もう少しでクリアできそうやったんに〜」
「ごっめんまーしもっかいーっっ!!」
「それ言うの何回目やねん!もう2回は聞いてるでぇ!!?」
「まあまあ志麻くん、さかた、ちょっと休憩したらー?」
遠くから近づいてくる足音とともに、センラの声が聞こえる。
「結構な時間やってんでお2人さん。うらたんなんかあくびしてはるし」
「してねぇよ.........ふぁあ〜」
「ほら、言ってるそばからしてるやんか」
ほんと、欠伸をしてる姿も愛おしくてたまらなく可愛い。
目も擦る仕草も可愛い。
目をとろんとさせて、俺たちがやってるゲーム画面を見てるのも可愛い。
狂おしいくらいに、全部が可愛く見えてしまう。
そんな気持ちを押し殺しながら、うらさんの肩をポンポンと優しく叩いた。
「うらさん起きて。うらさんの好きなあったかいココアいれてあげるから」
「ん〜………さかたのココア………」
答えになってるのかなってないのか分からない言葉に笑いながら、俺はコントローラーをソファに置いて台所まで足を運ぶ。
うらさんの好きなココアは、熱すぎない、でもぬるくもない、ミルクたっぷりのココア。
うらさんがココア好きというのを知ってから、俺は暇がある度にうらさんの好きなココアの味を研究した。
その成果もあって、うらさんは俺の入れるココアを1番好きだと言ってくれている。
うらさんは、すごく褒め上手だ。
すぐに人の容姿や異変に気づいて、声をかけているのをよく見かける。
俺の異変にもすぐ気づいてくれる。
少し前にも、俺はあることが理由で自分の声が嫌いになってしまった時期があった。
そんな時でもうらさんは、俺の話を最後までしっかり聞いてくれた。
『坂田の声は全然イマイチなんかじゃない。少なくとも、俺は坂田の声好きだし』
『個人の放送のときとか4人で集まった時とかにさ、人の名前たくさん出すじゃん?まーしぃとか、センラとか、まふとか、俺のこととかも。それも、結構嬉しかったりするんだよ』
『俺、お前にうらさんって呼ばれるの、結構気に入ってんだよ』
だからさ、そんな事言うなよ。
自分の声のこと、嫌いだなんて言うな。
あの時、自分で必死に悩んでたことが、うらさんの言葉で一気にスっと楽になった。
うらさんが言うから、きっとそうなんだって、少し自信を持てるようになって。
うらさんの言葉は人の心を、大きく動かす。
本人はきっと、そんな風に思ってないんだろうけど。
だけど、俺はそんなうらさんを、ずっとずっと尊敬してる。
ココアを作り終えうらさん達のいる所へ戻ると、さっきまでくつろいでいた志麻とセンラが上着やマフラーなどを身につけて帰る準備をしていた。
「っえ、もう帰るん?」
「おー。坂田も邪魔になるから一緒に帰ろ」
センラの言葉に、俺は単純に疑問を抱いた。
「え、?なんや、邪魔って」
「……あ〜…………」
俺が聞くと、志麻が歯切れが悪そうに視線を逸らす。
その志麻の歯切れの悪い様子だけで、俺は何となくその理由を察してしまった。
「あんな坂田、うらたんが彼……」
「わるい坂田、今から人が来ることになっちゃって」
志麻が言わぬのなら、とすかさず告げようとするセンラの声に慌てて被せながら言ったうらさんの顔は、やけに嬉しそうに笑っていて。
その笑顔を見た瞬間、夢から覚めたみたいに現実を突きつけられる。
その現実を必死に受け止めようとして、きゅ、と力強く手を握りしめた。
さっきまであんなに眠そうだったのに。
そんなすぐに元気になって。嬉しそうな顔で笑っちゃってさ。
(……今から家に呼び出すくらいなら、俺たちをわざわざここに誘ってくれてなくて良かったのに)
_____こんな嫌な思い、せずにすんだのに。
心の中の黒い自分に葛藤しながら、ならしゃーないな、なんて笑って返して、うらさんに淹れたてのココアを渡してカバンと上着を持つ。
うらさんに渡したココアのコップは、俺がうらさんにココアを入れる時専用に使うふわふわのタオルに包んである。
熱を保存させるためでもあるが、いきなり熱いコップとかに触ると熱いだろうと思って、俺が勝手にやってること。
(……うらさんはそんな些細なこと、気にしちゃいないか)
今も、ココアを見ながらすごく嬉しそうな顔をしている。
その甘い瞳の奥に、俺は映してくれないくせに。
「……ほな、帰ろか坂田。またねうらたさん」
「うらたんばいばーい!お邪魔しましたーっ」
俺の顔が余程酷かったのか、志麻が肩組みをするように俺の肩に腕を被せて、うらさんから俺の顔が見えないようにしてくれた。
俺はそのおかげでうらさんの顔を見ずに、背を向けながら手を振ってあいさつを終わらせた。
「やっぱり外は寒いな〜っ」
「うらたさんの家暖かかったから余計に寒く感じるなぁ」
志麻とセンラが他愛もない会話をしてる中、志麻に引きずられるように歩いている俺が息を吐くと、白くなった空気が冷たい風に流れていく。
うらさんには、恋人がいる。
しかも、結構長い付き合いらしい。
相手は、うらさんと同じ声優の人なんだそうだ。
俺たちに真剣な顔で報告をしてきた時は、センラが最初に茶化したことで、その緊迫した空気が緩んだ。
俺の気持ちを知っていた志麻が俺の様子を見ながらもおめでとうと伝えている中、俺は頭の中が真っ白になって、ただ「おめでとう」の一言だけしか伝えられなかった。
今考えてみれば、おめでとう、なんて言えたこと自体すごいことだと思う。
おめでとう、なんて祝いたくなかった。
信じられなかった。信じたくなかった。
いつも隣にいてくれたキミが、いつの間にか他の誰かを見てるなんて。
おめでとうの言葉に、何も知らないうらさんは嬉しそうに微笑みながら、「ありがと」なんて返してきたけど。
今でもふと思い出して、苦しくなる。
あの時の俺は、上手に笑えていたんだろうか。
「さーかーた」
腕を俺の肩から離した志麻が、俺の頬を両手でガシッと掴んでくる。
うらさんの家が暖かったおかげで、志麻の手はまだあったかい。
なのに俺の頬は、やけに冷たくなっていた。
「さかた。しっかりしろ」
「むぐ、っ、なんだよまーしぃ〜、俺はいつもしっかりしてるってのーっ!」
気を紛らわそうとなるべく元気な声で返すけど、どうやらこの人には通用しないみたい。
俺が笑って返すのに、志麻は真面目な顔で見つめ返してきて。
そんな顔に、俺の作っていた笑顔が段々と崩れていく。
笑顔が通用しないなんて当たり前だ。
この人は、全部。
全部、知ってるから。
「…坂田はすごい奴や。俺が坂田やったら、恋人に嫉妬心で喧嘩ふっかけそうやもん」
「………そんなことしたら、うらさん悲しむやん」
「……うん。そやなぁ。偉いなぁ、坂田」
頭をくしゃくしゃと優しく撫でられて、その優しさに俺は余計苦しくなる。
俺のうらさんに対する想いは、この男、志麻にしか伝えていない。
伝えたと言うよりも、俺が伝える前から気づいていたみたいだ。
だけど俺もこの人なら大丈夫だと思って、自分だけじゃどうにもならないうらさんへの想いを、気づけば長い期間ずっと聞いてもらっている。
それを毎回親身になって聞いてくれる志麻には、ほんとに感謝しかない。
「……まーしぃは優しいなぁ」
頭の上に感じる志麻の手が、やけに暖かくて、優しくて。
震えそうになる手をぎゅ、と強く握りしめる。
(……どうして俺は、うらさんじゃなきゃダメなんだろう)
恋愛なんて、大したことないと思ってた。
好きになって、告白して付き合って。
喧嘩して、一緒に仲直りして。
すれ違って、フラれて、でもまた他の誰かを好きになって。
ただそれの繰り返しだと思ってた。
なのに、うらさんは違う。
好きになっても、告白なんてできっこない。
俺だって、今すぐにこの気持ちを打ち明けて楽になりたい。
こんなにうらさんが好きなんだよって、分からせてやりたい。思い知らせてやりたい。
だけど、困らせたいわけじゃない。
俺はうらさんの笑ってる顔が、何よりも大好きだから。
「さかた、」
志麻が、俺の頭の上に乗せていた手を下ろす。
さっきまで一緒にいたセンラは、志麻に声をかけられた時には既に居なかった。
志麻が気を利かせて、帰らせてくれたみたいだ。
こんな姿をセンラには見られたくないことを、志麻は分かってくれているようで。
「とりあえずその暗い顔、どうにか直しなね。明日も俺ら4人で仕事あるんやから。うらたさんに心配かけさせたくないんやろ?」
「……うん、そやな。明日もあるしな!」
ふぅと深呼吸して、いつもの声のトーンに切り替える。
明日は俺とうらさん、志麻とセンラにわかれて行動する時間が長い。
ということはつまり、うらさんの一緒にいる時間がかなり長くなるわけで。
うらさんを、心配させないように。
いつもの“俺”で。みんなの知ってる自分で。
「つらかったら、いつでも俺んとこ来てな」
志麻の言葉に思わず鼻がつん、と痛くなって、それを隠そうと志麻の脇に向かって手をこしょこしょ動かす。
所詮照れ隠しだ。あまりに優しくて、少し泣きそうになっちゃったから。
志麻が声を上げて走り、それを俺がすかさず追いかける。
楽しくて楽しくて、自分の家に帰った時には、少し心が落ち着いていた。
この人がいてくれるから、明日もいつもの自分でいられる。
やっぱり、俺にとってメンバーは大切な存在だ。
まーしぃとセンラはもちろん、うらさんだって。
「…明日も頑張ろ」
このどうにもならない想いは、きっと一生背負って生きていくんだ。
1人の家の玄関でそう呟いた後、靴を脱いだ。
_______________
「おはよーございまーす」
お昼前。
待ち合わせ場所である部屋に入ると、すでに志麻とセンラが今回の担当の人と話をしていた。
「おー坂田」
「おはよー」
「おー………あれ、うらさんは?」
「うらたんならさっき遅れるって連絡来てたで」
「ぁ、そうなんや」
センラの言葉に、何だか少しほっとする。
昨日の今日だから、会うのに少し緊張していたみたいだ。
スマホの画面を開くと、確かに4人のグループにうらさんから連絡が来ていた。
【ごめん少し遅れる!れ、!】
(……ふは、誤字ってるやん。焦りすぎやろ)
こういうところも、可愛くて仕方がない。
ゆっくりおいでと返信して、2人のところに俺も加わって話を聞き始めた。
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サインを書く作業や、それぞれの打ち合わせをしている中、バンッッッ!!と扉を勢いよく開ける音が響く。
息を荒らして来る男の姿に、クスリと思わず微笑んでしまった。
「はあっ、は、すみませ、遅れました、!」
うらさんは担当の人に何回も頭を下げ、当たり前かのように俺の隣の席に座ってくる。
「はあ、は……ふぅ………わりぃ坂田、遅れた」
「おはよぉ。ゆっくりでいいよって言ったんに走ってきたん〜?体冷えちゃうよ」
横に置いてあるリュックから大きめタオルを取り出して、うらさんに渡す。
結構前にカバンに突っ込んだタオルだから、使っていないのに酷くよれているけど、汚くはないだろう。
俺はご存知の通り、かなり汗っかきだ。
ライブの時に着るシャツとか大変なことになる。
だから汗ふき用のタオルは常に持ち歩くことにしている。
メンバーに話したら、あの坂田が、なんて驚かれたりするけど。
(うらさん、冬なのにほっぺたあか、ぃ…………)
そんなことを思いながらうらさんを眺めていると、1つの箇所に目が行く。
その意味を確信した時、俺は慌てて立ち上がった。
ガタガタッ、と音が大きく響いて、隣にいたうらさんが肩を揺らす。
「………っ、え、さかた?」
「……っ、ぁ、お、俺、もう書いたからこれとこれサイン書いて。ぁ、あとこれ歌詞分け誰がするかってまーしぃが言ってたで……!」
「……?ぇっと……この曲は俺がするよ」
「ん!じゃぁまーしぃに伝えてくる!」
慌てて走り出そうとすると、驚いた顔をしたうらさんに止められる。
掴まれた腕がやけに熱く感じて、ぶわ、と俺の体温が上がった。
「っえ、いいよ坂田、俺が言ってくるよ」
「ッいや、うらさんは座ってて!ほら、い、いっぱい走って疲れてるやろ?…すぐやから、待ってて」
明らかに様子のおかしい話し方に、うらさんは全然理解できていないようだったけど。
そんなことには構わず、半ば無理やりその手を振り払って、俺は志麻のところへ向かった。
驚いたように俺を見つめるうらさんを、一人残して。
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(…………さかた、どうしたんだろ)
俺の手には、さっき貰った少しよれた坂田のタオル。
タオルなんて持ってくること自体未だに意外でしか感じないけど、少しよれてるところを見てやっぱりアイツらしいな、なんて笑う。
バックから鏡を取り出して汗を吹いていると、首元に“赤く染まった痕”があるのに気づいた。
その痕に、かぁ、と体温が上がってしまう。
(まじかよ、残っちゃってる………そりゃそうか……………っ、て、ダメだろ!?………さっきの様子じゃ、…見られたのかな、)
さっきのあの慌てぶり様を思い出して、きっと見られてしまったのだろうと恥ずかしくなる。
でも大丈夫。この痕の意味なんて、きっとあの鈍感坂田には分からないはず。
大丈夫だろうと言い聞かせ、息を吐いた。
大丈夫だなんて、なんの確信もないくせに。
(〜〜っ、あんなあからさまの痕つけんなや………!うらさんもすぐ気づけや……!!)
志麻のところへ向かう途中、俺はうらさんの首筋についていた赤い痕のことが頭から離れないでいた。
顔はほんのり赤く火照っていて。
目元も少し赤くて。まるで泣いたようだった。
少しぐったりもしていた。最初は走ったからだと思ったけど、座っても少しふらふらとよろけてさえいた。
たったそれだけのことで。
昨日俺達が帰った後、うらさんの家で一体何が起こったのか、容易に想像できてしまう。
そこまで考えて、俺は頭を振ってその考えを振り切ろうとした。
だけど、そんな簡単に忘れられるものなんかじゃないことくらい、分かりきっていて。
苦しい。悔しい。
でも俺は、そんなうらさんの姿を拒む権利も勇気もない。
今の関係から離れるのが一番苦しいことくらい、俺がいちばん知ってるから。
「……まぁしぃ」
運良く、センラはそこには居なくて。
目の前にいる志麻の背中を見てぽつんと零した言葉に、志麻が振り向いた。
「おー!さか……………さかた、どうした?」
俺の様子を見て、すぐに声のトーンを変える志麻が心配そうに駆け寄ってきてくれる。
俺は弱い。弱くて怖がりだから、すぐに人に頼ってしまう。
寄り添いたくなってしまう。甘えてしまう。
今だって、志麻くんをこんな風に困らせて。
「うらさん………キスマーク、ついてた」
「……っ、な」
「っあは、……ふ、っ、ねぇ、どうしようまーし……ッ、おれ、逃げてきちゃった。うらさんの隣にいるの、つらくて。まーし、おれ、おれ、っ、……どうすればよかったん……っ?」
「………坂田……」
志麻がそっと近づいて、落ち着くように背中を擦ってくれた。
それだけで目頭がじわじわと熱くなって、唇を噛み締めて俯く。
泣きたくない。縋りたくない。
うらさんへの恋心なんて、なくなっちゃえばいいのに。
「……俺がそっち行って、坂田はセンラとやる方がええか?」
その言葉に、ぴくりと体が硬直する。
きっとそれが、俺が冷静で居られる一番の最善策。
うらさんが、他の誰かのシルシをつけてるところなんて見たくない。
今日が終われば、予定通りにいけば当分会うことはないだろうから。
でも、だけど。
うらさんが近くにいてくれる時は、俺がうらさんの隣にいたいって思うのも事実で。
(ほんま、自分勝手)
こうやって、俺は志麻にいつも心配と迷惑ばかりかけてる。
「………なーに心配してんだか知らんけど」
俺のそんな様子を見て何かを悟ったのか、少し怒ったように俺の頬を掴んで引っ張ってくる。
「っうぇ。……ま、まあひぃ、?」
「話なんていつでも聞いてやっから。俺なんかに坂田が遠慮すんなや」
やっぱり、志麻には俺の考えてることなんて、分かりきっているようで。
ふ、と笑うと、まーしぃも安心したように笑った。
「……ふへ、ありあと。あといひゃい」
「あん〜?なんだこの生意気め。うりゃうりゃ」
「う゛ぁ〜〜っ、!?」
思いっきり頬を引っ張られて、ヒリヒリと痛む。
だけど、さっきよりも幾分か気持ちが楽になって。
まるで、俺の冷たい心を溶かす魔法使いみたいだ。
そんなことを思いながら、本当の目的であった歌詞分けのことを伝えて、うらさんの元へと戻った。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥
黙々と作業を続けたおかげで予定より早く終わり、なんとまだ昼過ぎの段階で終わってしまった。
志麻はセンラと先約があるらしく、先に2人で外に出ていってしまった。
お昼、どうしようかな。
うらさん、誘ってみようかな。何か予定あるかな。
うらさんの方に目を向けると、無表情でポチポチとスマホに文字を打っていた。
_____またあの人、かな。
頭に浮かんだ言葉を、頭を振って紛らわす。
連絡をこまめに取るなんて、恋人同士なら当たり前のことだ。
なのに、その当たり前を崩したくてたまらない自分がいる。
悔しい。どうして、俺じゃないんだろう。
1番うらさんのことを知っているのは、俺だと思ってたのに。
本当にそうなら、よかったのに。
「……た、…かた、さかた!」
「はぇッ、?」
急に聞こえてきたうらさんの声と顔の近さに、俺はよく分からない変な声を出してしまう。
この人、人との距離感を掴めてなさすぎだと思う。俺もよく言われることだけど。
「な、なに……?」
「だーかーらぁ……この後、さかたは用事!あったりすんのかって聞いてんだよ」
少し不機嫌そうに顔を膨らませる仕草も可愛い。
だけどそれよりも、その可愛い顔をした口から嬉しい言葉が出てきて、俺は思わず大きな声を上げてしまった。
「ない!!!」
「うおッ………ふは、声でけえよ」
楽しそうにケタケタ笑ううらさんを見て、自然と俺も嬉しくなって笑う。
あぁ、そうだ。この空気。
優しくて安心して、うらさんと2人きりの時だけに感じるこの空気が、俺は好き。
「うらさんは?あるん?用事」
「は?ねえよ、あったら聞かねぇよバーカ」
「ほんまにーっ!?じゃあどっか行こ!」
「の前にまず昼飯だろー?」
クスクスと笑ううらさんを見てると、これ以上にないくらい嬉しくなって、心臓の鼓動も早くなる。
ほんとに俺は、うらさんのことで悲しくなったり、嬉しくなったり。
振り回されてばかりだけど、それでもいいや、なんて思えるくらい、俺はうらさんといるのが大好きなんだ。
__________
お世話になったスタッフに一声をかけた後、俺とうらさんは外に出る。
風が朝より少し強く吹いていて、暖かいところから急に出ると余計に寒さを感じた。
「ッさっっっむ……!」
隣でふるふると震えているうらさんは、首元がすかすかだ。
意識しないようにしていた鎖骨の痕に、つい目が行ってしまう。
俺は自分の首に巻こうとしていたネックウォーマーを、寒そうに凍えているうらさんに被せた。
うらさんが寒くないためでもあるが、その痕が見えないようにするため。
「……うらさん寒がりなんやから、ちゃんとマフラーとか持ってこなきゃあかんで?風邪ひいちゃうやん」
「……ぉー…………ってか、お前もこれだけじゃねえの?坂田がつけろよ、俺は大丈夫だから」
俺に返そうとネックウォーマーを掴む手を慌てて止める。
その手は、やっぱり少し冷たかった。
「ええよ、そんな無駄な心配しなくて」
「でも」
「ほら、俺が着てる上着、結構暖かいし!ね?」
俺が押し付けると、うらさんがしぶしぶ頷く。
それを見たあと、俺はうらさんの頭をポンポンと優しく叩いた。
心配しなくて大丈夫、と伝えるように。
すこし照れくさそうにしながらネックウォーマーに顔を埋めるうらさんを見て、思わず抱きしめたくなる衝動を何とか抑えた。
「……じゃあ行こっか、うらさん」
「ん……ありがと、坂田」
「んふ、どういたしまして」
隣には、きみがいる。
それだけで、俺はあったかい気持ちになれるから。
今は、どうか。
どうか、独り占めさせて。
「久しぶりに来たなーーっ」
昼飯も食べ終わった後、何となくで2人一緒にゲームセンターに来た。
うらさんは入ってすぐ、UFOキャッチャーのぬいぐるみと必死に睨めっこしている。
どうやら好きなアニメのキャラクターのぬいぐるみで、どれを取ろうか悩んでいるようだ。
そんなところも、可愛くてたまらない。
「うらさん決まった?」
「ぅ〜……んっ!これ!」
どうやら決まったようだ。
うらさんはお金を入れて、レバーを動かしながら真剣にぬいぐるみを見つめている。
「な、さかた、どうこれ!」
俺の袖を引っ張って、興奮気味に声をかけてくる。
袖引っ張るのあざといなぁ、なんて思いながら、そこにもキュンと心が浮ついてしまう自分にも心底呆れてしまう。
色んな方向からアームの位置を確認して、いいんじゃないかと声をかけた。
「うっしゃ、いけえっ!!」
うらさんが勢いよく決定のボタンを押すと、アームがゆっくりと下がっていく。
アームの位置がダメだったのか、アームがただただ弱いのか、掴んだぬいぐるみはすぐにストンと落ちてしまった。
「はァ!?このアームなんだよこれコロすぞ」
「あは、物騒〜っ」
「さかた、もう1回やってもいい?」
「ふふ、ええよ〜いっぱいやろ」
俺の言葉にうらさんが嬉しそうに頷くと、財布を見てうんざりした顔をする。
ちょっと両替してくる、と言ってうらさんがその場からいなくなった。
俺はそれを見送ったあと、目の前のぬいぐるみを見つめる。
カバンから財布を取り出して、100円玉を3枚入れた。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥
side:うらた
「ごめん坂田、両替機の場所遠くて……って、あれ?」
両替機の場所から早歩きで戻ってくると、そこに居たはずの坂田がいない。
キョロキョロと辺りを見渡すが、坂田らしき人はいなく、荷物も2人分ない。
待っててって言ったのに、どこへ行ってしまったんだろう。
「わ〜っ!すごーーいお兄ちゃん!!」
すると反対側から、幼い男の子の嬉しそうな声。
気になって顔だけを出すと、そこには探していた坂田が居た。
(なんだ、さかたいんじゃん)
声をかけようとすると、そこには知らない親子が坂田をキラキラした目で見つめていた。
「ほい、どーぞぉ。これ欲しかったんやろ?」
「え、いいのぉ!?ほんとに!?」
「あは、ええで。あげる」
坂田はしゃがんで下の開け口から取り出す。
何かのフィギュアだろうか。
男の子は嬉しそうにありがとうと笑い、バイバイと手を振る。
その隣で男の子の母親らしき人は何度も頭を下げていた。
手を振り返し、母親らしき人に頭を下げ、やがて2人が見えなくなると同時に坂田が振り向く。
「ッ、わっ!?ぇうらさ、いつからおった?!」
「ついさっき。……ふふ、優しいねさかちゃん」
「……あの子、なかなか取れなくてお母さんに駄々こねてたから。……あっ、そうや!」
照れくさそうにしていた坂田が何かを思い出したのか、カバンの中に入れていたものを取り出そうとする。
不思議に思いながらそれを見つめていると、坂田がニヤニヤと笑いながら俺を見てくる。
「うらさん、目瞑って?」
「…え、なに。何する気ぃ?さかちゃん変態〜っ」
「えっ…………なっ、何もせえへんて!!からかわんとはよ目閉じて!!!」
冗談で言ったのに、坂田は数秒呆気に取られたあと、顔を真っ赤にして慌てて首を振る。
冗談だっつの。面白いなあ。
可笑しくてケラケラ笑っていると、坂田が顔を膨らませながら目を閉じろと何度も言われ、俺はしぶしぶ目を閉じた。
ガサガサと袋の音が聞こえる。やはり何か持ってきたのだろうか。
音が聞こえなくなったかと思うと、唇に柔らかくふわふわした物が触れる。
驚いて目を開けると、さっきまで俺が睨めっこしていたぬいぐるみが目に映った。
「じゃじゃーん!!ど!!びっくりした??」
得意気に笑う坂田に、ぽかんと口を開けてしまった俺。
その顔を待ってましたと言わんばかりに、坂田は満足そうに笑ってきた。
「うらさん、欲しそうだったからって…………あ、ごめん、嫌やった?」
急に血相を変えて謝る坂田に、また俺はぽかんと呆気に取られてしまう。
「は、え、なに?なんで?」
「いや、うらさん自分で取りたかったかもしれへんなって思って…勝手に取っちゃってごめんね?」
申し訳なさそうに謝る坂田。
しゅんと耳とシッポが垂れ下がっているのが見える。ほんとに、おっきい犬みたい。
くすりと笑って、坂田が持っていたぬいぐるみを受け取った。
「ふは、ううん嬉しい。ありがとさかちゃん!」
そう言うと、坂田は俺の顔を見てほっと安心した息をつきながら、よかったぁと微笑む。
坂田は昔から、俺とゲームセンターに来た時はいつも必ずと言っていいほど、俺にぬいぐるみをくれる。
いつも取れない俺が坂田にしぶしぶ頼んで、取ってもらったものがほとんどだけど。
こんな風にサプライズでもらったのは、今回が初めてかも。
おかげで俺の家は坂田から貰ったぬいぐるみがいっぱいある。
坂田が俺の家に来る度に、そのぬいぐるみ達を見て嬉しそうに微笑むのを知ってるから、俺は全部大切にしている。
今日もまた1つ、俺の宝物が増えた。
ぎゅ、と柔らかいぬいぐるみを抱きしめて、坂田には見えないように顔を埋めながら微笑んだ。
しばらくゲームセンターで遊んで、少し外も暗くなってきた。
冬は暗くなるのが早い。
夕方になると、すでに結構暗くなってしまう。
「…うらさん、もうそろそろ帰る?」
暗くなってきた外を見て、坂田が俺に気を遣うようにそう言ってきた。
俺に恋人ができてから、坂田とは夜遅くまで遊んでいない。
前までは俺の家に呼んで深夜までゲームしたり、遊んだりする仲だったのに。
今は全く誘いが来なくなって、それどころか遊んだりする日も少なくなって、かなり生活が変わってしまった。
___まぁ俺も、誘う勇気なんてないんだけど。
「あー…もうそんな時間か」
時計を見てそう言うと、思ったよりトーンが低くなってしまった。
久しぶりに坂田とこうやって遊べたのがあまりに楽しかったせいで、別れがたいのが声に出てしまった。
かぁ、と頬を赤く染めると、坂田が口を開く。
「…もしうらさんが良かったら、夕飯も一緒に食べたいなあって思ってるんやけど」
その言葉に驚いて坂田を見ると、照れくさそうに目線をそらされた。
坂田とご飯なんていつぶりだろう。
いや、メンバーの4人ではよく食べてるけど。
坂田と2人は、かなり久しぶりのような気がする。
断る理由もない。
俺も、坂田と一緒な食べたかったし。
「っ、俺もさかたと行きた___」
「_____あれ、渉?」
俺の名前を呼んだ聞き覚えのあるその声に、『行きたい』という言葉は呑み込まれて消えていった。
____________
なんやねん。こいつ。
うらさんの声に被さるように声を発した男をパッと見た時の第一印象は、まさにそれだった。
せっかく勇気を出して夕飯を誘えたのに、邪魔されてしまった。
そう思ったけど、うらさんの表情を見た瞬間、それはすぐに打ち消されてしまった。
多分こいつが、うらさんの恋人。
最悪のタイミングだ。
「渉、仕事は?」
「…あ、今日、早めに終わって」
「ふーん、それでここに居るのか」
「……うん。ごめん」
「………だから、意味わかんないところで謝んないでって何度も言ってるじゃん。俺はここにいる理由聞いただけだから」
俺の想像してた甘い空気なんて、どこにもなかったことにまず驚いた。
うらさんも声も、わずかだけど小さくなって。
さっきまでの明るい笑顔とはちがって、どこか遠慮するように俯く姿。
手も少し震えている、ひきつった顔。
初めて見た。うらさんのそんな顔。
そんなうらさんの顔を見て、俺は咄嗟にその顔が目の前にいる1人の男に見えないように、うらさんの前に立った。
「ぁ、えと………こんにちは。僕、うらさんと同じ浦島坂田船のメンバーで、坂田っていいます」
話す言葉もまとまってないくせに、俺はへらへらとお得意の笑顔で話しかける。
人に愛想を振りまくのは、この仕事をしているせいか慣れている。
後ろから混乱したようなうらさんの声が聞こえたけど、そんなの気にしていられなかった。
「いつも渉から話は聞いてるよ」
「……すみません、僕が悪いんです。僕がうらさんを無理やりここまで引っ張り出してきただけなんです」
「え?……あぁ、!別に気にしてないよ。俺もよく声優仲間と飲んだり遊んだりしてるし」
スラリとした高身長、スーツの着こなし、顔。
容姿なんて、俺なんか比べ物にならないくらいかっこいい。
声もうらさんの好きそうな声だ。深く芯のある声。
この人には、敵わない。
そう思ってしまった自分がいた。
「俺も今日声優関係の仕事があって、帰りにここに立ち寄ろうって友達が誘ってくれてさ。今あの中でシューティングゲームをしてたんだよ。3人で来たから、1人余っちゃって。大の大人がはしゃいでしまってるんだけどね」
「……いいんじゃないすか、はしゃいでも」
「……………渉と同じで優しい子だね、君は」
肩をぽんと叩かれ、俺は無意識にグッと構える。
笑顔の裏には何かある、とよく言うけど、この人の笑顔はまさにその言葉を口に出して言いたいくらいに偽りな笑顔だった。
背中からビリビリ、と電気を当てられるかのような威圧感。
俺の背中でぬいぐるみを抱えているうらさんをちら、と見つめたその人は、少し考えたように俺の肩から手を離した。
「渉の家にある大量のぬいぐるみは、君が?」
「……え?………あぁ!はい、うらさんと遊んだ時に一緒に取ったやつで」
「そうか。……あれ、結構邪魔なんだよ。渉も毎日掃除してるんだけど、なかなか手に負えなくて。できれば早く、いや今日中に持って帰って欲しいんだけど」
「…………っ、は?」
何を言っているんだ、こいつは。
ふわりと微笑むその奥には、少し、いやかなりの敵意を感じる。
コイツは俺を、“敵”だと思ってる。
単なる嫉妬なのか。それとも。
俺がうらさんを好きなことを、知ってる、?
ゴクリと息を飲んで、震えそうになる声を慌てて抑えた。
「……あれは僕があげたうらさんのものです。僕やあなたが勝手にどうこうしていいものではないと思うんですけど」
「………俺が渉の彼氏だってこと知ってる?」
「知ってます。でも恋人だとしても、そんなことするのは間違ってます。あの家はうらさんの家です。うらさんが置きたいものを置くべきやと思います。……全部うらさんが決めることだ。あんたが決める権利なんてない」
ずっと、たいせつにしてくれているんだ。
ぬいぐるみをあげた時の、うらさんのあの嬉しそうな笑顔は、きっと偽物じゃないから。
あの大切な笑顔を、こんな奴のせいで無くしたくなんかない。
「俺と渉との生活に支障が出るから言ってるんだ。あのぬいぐるみは邪魔だ。必要ない」
男の有り得ない言葉に、俺は唖然とした後、じわじわと怒りが込み上げてくる。
何で、平気でそんなことが言えるんだ。
うらさんがどうしたいかなんて考えずに、自分勝手にうらさんを動かそうとして。
本当にこんな奴が、うらさんの恋人なのか。
うらさんが大切にしているものを当たり前かのように壊してしまう人間が、本当にうらさんのことを幸せにできる人間なのか。
すると、俺の背中に隠れていたうらさんの指が、俺の背中の服を掴む。
目の前にいる男には見えない、俺にしか伝わらない感触。
震えている。
泣いてるのだろうか。
俺はその震えた手を背中に感じて、目の前の男に対して怒りが増す。
こんな奴に、俺の大切な存在を渡せるわけがない。
ブーーーッブーーーッ
すると、運がいいのか悪いのか、俺の携帯が大きな音で鳴り響く。
うらさんの手も、携帯の音に反応して離れてしまった。
念の為目の前の男に謝り、電話の相手を確認して目を見開く。
その電話越しの人物に、頼む、と思いを込めて、そのまま通話応答のボタンを押した。
「…………もしもし、まーしぃ?」
『おーさかたー!!!決まったでー!!!』
「……え?決まったって、何が?」
『しまさかバースデーのライブ!急遽連絡入って打ち合わせしてきててん今!!無事に今年も開催できるで〜!』
その言葉に、俺は思わず肩の力が抜けてしまった。
ライブ、嬉しい。だけど、今はそんなことを喜んでいられる状態じゃなくて。
何も知らない志麻に、助けを求めるなんて最初からおかしいことは分かってたから、しょうがないことなんだけど。
「ほ、ほんまに?それは嬉しいなぁ」
『なんやねん坂田、トーン低いやん!嬉しくないんか!』
「いや嬉しい!!!!!めちゃ嬉しいで!!」
この志麻くんの調子だと、この電話はしばらく長くなりそうだ。
どこか座れるところに行こうと、すぐ隣にいたうらさんに目線と指で伝えるが、うらさんはフルフルと首を横に振って、力なく笑った。
「…さかた、おれ、今日は帰るよ。ごめんな」
「…………え?」
俺が声をかける前に、うらさんは俺の体をすり抜けていく。
俺から背を向けて、小さく微笑んだその男と一緒にゲームセンターを出ていった。
うらさんの小さな背中に、男がそっと手を添える。
それを見て、俺は思わず手を伸ばした。
もう、こんなに遠いのに。
今更、キミに届くわけがないのに。
まって。どうして、
待ってよ、うらさん。
そんな心の声は届くことなく、ドアがゆっくりと閉まってしまった。
『ん…あれ、うらたさんの声しんかった?まさか今うらたさんとおったん?』
「……まぁし……タイミング良かったけど、悪すぎやねん」
『うぁぁ〜っ気づかんかったすまん!!あとでかけ直すな』
「んや、ええよもう」
『ん?……ぇ、やって、うらたさんとおるんやろ?』
「………もうおらん。……っ、やから………ッ、もうちょっとだけ、繋いでてくれへん……っ?」
お願い。俺を、ここに引き止めて。
でないと俺、きっと追いかけちゃうから。
アイツからうらさんを奪い取って、この腕の中に閉じ込めたくなっちゃうから。
ぽた、ぽた、と、冷たいふたつの雫が床へと落ちていった。
___________________
____夢に見る。
“だーかーらぁ……この後、さかたは用事!あったりすんのかって聞いてんだよ”
何度も何度も、頭の中で思い出して。
考えては振り切るように消して。
“嬉しいよさかた。ありがと”
ふざけたように笑う顔も、何気ないその仕草も。
いつまで経ってもきっと、僕は君が愛おしくてたまらないんだ。
“……おれ、今日は帰るよ。ごめんな”
なんで。なんでそんな、泣きそうな顔をして笑うの。
泣かないで。笑って。
君の笑顔は、俺にとっての太陽なのに。
笑って欲しいんだ。ただ、それだけなんだ。
振り向いて欲しいなんて言わないから。
笑ってよ。
俺は君に、いちばんに幸せになってほしいんだよ。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥
(…っ……あたま、いったぁ、………)
次の日の朝。
ベッドから起き上がると同時に、頭に激しい痛みが走る。
俺は昨日あのまま1人で家に帰ったあと、あまり得意ではない酒を大量に飲んで、そのまま気絶したように寝てしまったらしい。
そのせいで今までにない頭痛にめまいがする。
今でも吐きそうだ。気持ち悪い。
完全に二日酔いというやつだろう。
「…あは、……昨日のこと忘れたくて馬鹿みたいに酒飲むとか……バカのやることやん」
酒を飲んだ後のことは忘れられても、シラフの時の出来事を忘れられるはずがないのに。
ふらふらとよろめきながらも、なんとか台所までたどり着き、水を飲む。
すると、ピコンとLINEの通知音がなった。
『生きてるか〜』
『おーい』
『さかた〜』
立て続けに1人の人物からLINEが来るのを見て、俺はぼやぼやとした視界の中、ゆっくりと通話ボタンを押す。
そのままスマホを耳に当てると、ワンコールで相手が出た。
『起きとった、!おはよ坂田、大丈夫か?』
「…………ま゛ぁしぃ゛……ゴホッゴホッ」
電話の相手は、もちろん志麻。
昨日、あのまま夜遅くまで電話に付き合わせてしまった。
それよりも喉が熱い。まさか酒焼けだろうか。
昨日の夜、一体どれだけ飲んだんだ自分は。
『あっちゃ〜酒焼けしとるか……家にはちみつかのど飴ある?あったらとりあえずそれ舐めとき』
「………あめ……………」
『おー。今日はあんまり喋らん方がええなぁ』
「ゔん゛……ゴホッ」
志麻の言う通り、そこら辺にあったぐしゃぐしゃにしわのついている飴を取り出して、袋を破って口の中に放り込んだ。
‥‥‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥
side:志麻
『____繋げてて』
昨日、電話越しに坂田から、聞いたことのないほど弱々しい声でそう言われた。
今思えば、きっと泣いていたのだろう。
俺は、その声を聞いてしばらく坂田にかける言葉が見つからなかった。
本当に坂田は、うらたさんが大好きで。唯一で。
すごく大切で、いつだって自分が守りたいなんて思ってることを、近くにいる俺でも伝わってくる。
でもうらたさんは、坂田じゃない他の誰かを見てる。
うらたさんの笑顔が見れるなら、なんて、坂田は喜んで道化を役じている。
まさにピエロみたいな、苦しい思いや寂しい思いをしながらも、泣き笑いでサーカスにいる客を喜ばせ続ける存在。
自分だけ悲しい思いを背負って、相手にはそれを告げずに。
普段は人を笑わせるためにお道化る。
でもピエロの目の下によくあるあの線は、泣いている線にも見える。
なんて哀しい役なのだろうか。
俺は昔から、坂田にはうらたさんしかいないように、うらたさんにはずっと、坂田しかいないって思ってた。
お互いが唯一で、他の誰にも邪魔できないような、強い絆があると思ってた。
俺やセンラにだって入り込めないような2人の空気が、そこには確かにあったのに。
だけど、どうやらそれは違ったらしい。
(……ほんまにうらたさんは、坂田のことを好きじゃないんやろか)
何度も思う。
坂田といる時のうらたさんの表情は、いつも柔らかくてわたあめみたいに甘くふわふわしてて。
坂田本人にはそれを見せないように努力してたみたいだったけど、近くにいた俺とセンラには、そんなうらたさんの表情なんて筒抜けだった。
『____ね………まぁし』
飴を舐めた効果か、少しだけ落ち着いたような声がスマホから聞こえ、慌てて返事をする。
『…おれね……おれ………うらさんがすき』
そんな言葉に、ひくりと息を詰める。
なんて苦しく、切ない声なのだろうか。
その相手が愛しくてたまらない、なんて情けない声をして。
「……分かってる。ちゃんと分かってる、伝わってるで」
『……おれ、ね……うらさんのこと考えると……ゔ、ッゴホッ……嬉しくなっ、て……心がふわふわしたり…苦しくなって、痛いんだ』
「…………」
『…ほんとに……いたくて……苦しい』
「…うん、……うん」
かける言葉が、何一つ見つからない。
ただ、必死に頷くことしか出来ない。
『おれ…………うらさんじゃなくて……まーしぃを好きになれたら良かった』
唐突なその発言に、俺は驚いて目を見開く。
なんで。なんで、そんなこと言うんだ。
『そしたら俺……もっと……幸せな、っゴホッゴホッ………恋、できたのかなって……』
へへ、と空っぽの笑い声が聞こえる。
無理に笑わなくていいのに。こんな時くらい、泣いたっていいのに。
なんとかしてあげたいと思う一方で、一向に慰められる言葉が見つからない。
こういう時、なんて声をかけてあげたら正解なのだろう。
『…ねえ、まーしぃさ』
「…うん?」
『まーしぃにもさ、俺と同じで…好きだなって思う相手、いるんちゃう?』
ドクン、と大きく心がざわめく。
気づいてたんだ。気づかれていたんだ。
どうやら俺も坂田と同じく、こういうことに関して感情を隠すのが苦手のようだ。
「……うん。おれ、センラが」
『あ……ッだめ、まーしぃ……ッ、ゴホッゴホッ……!!今、言っちゃだめや』
「っ、え?」
坂田の焦った声に思わず気の抜けた声を出すと、坂田はくすくすと可笑しそうに笑った。
『その先の言葉は………1番最初に、センラにだけ、センラだけに伝えてあげて』
自分が思い秘めている気持ちは、1番に本人に言いたいもんやろ?
そう言う坂田の声は、やけに穏やかで。
じゃあ、前に俺が『うらたさんが好きなのか』と聞いた時、「好きだ」とはっきり伝えた坂田は。
一番最初に、本人に伝えたかった言葉なんじゃないのか。
うらたさんには一生、言う気はないってことなのだろうか。
「…それもそうやな」
『ん〜っええなぁセンラは。こんな男らしいイケメンに愛されて』
「センラがどう思っとるか分からんけどな」
思わず戸惑ってオタク特有の早口になってしまった俺の声に、またクスクスと笑っている。
『あほやな〜何年一緒におんねん。その目線の先に誰がいるかなんて、気づかんわけないやん』
「……」
「…幸せになってや。誰か他のやつに、取られないうちに」
ずしりと、重く感じる言葉。
今の坂田だからこそ、言える言葉だと思った。
そうやって背中を押したいのは、俺の方なのに。
『ほんとありがとね、まーしぃ』
「……さかた」
感謝されることもしていない。
なにも、俺はできていないのに。
『…んふ、なんなんこの空気!!照れくさ!!ガチの告白をガチで受け取らんでよまーしぃ゛……ッう、ゴホッゴホッ』
「ああこらバカバカ!いきなり大声出すなっての!」
俺はさかたになにも、何もできないけど。
もし坂田の目の前の道が真っ暗で、何も見えなくなった時に。
灯りを持って、一緒に安全な道を探すことくらいはできるから。
だから、絶対に負けるな。
ひたすらに前を向く坂田は、世界一かっこいいよ。
____________
あの日から、数日後。
酒焼けした声の調子もだいぶ治ってきた俺は、朝から外の冷たい、冬独特の空気を吸っている。
今日は朝から、志麻とのツーマンライブについての内容や構想を練ろうと約束をしており、今はその待ち合わせ場所。
俺はすでに冷えてしまった手に、は、と暖かい息を吹きかけながら、志麻を待っている。
何となく家に1人で居たくなくて、気づけば30分も早く待ち合わせ場所に着いてしまった。
1人の時間が多いと、色々考えてしまうから。
(さっむ…………)
冷たい冬の風が、俺の髪をくすぐる。
あまりに寒くて、カバンの中に常備してあるネックウォーマーをつけようとカバンの中を探したが、あるはずもなかった。
(……そっか。あの日に、うらさんに貸したままや)
首にある赤い痕を見たくなくて、その現実から逃げるために無理やり被せたもの。
こんな些細なことでわざわざ連絡を入れようとする勇気も、もう出なかった。
ついこの前まで、あんなに毎日他愛もないことで連絡を交わしていたというのに。
ふと何かを見る度、思い出す度、何度も頭の中でうらさんの顔が浮かぶ。
笑った笑顔、眠そうな顔、嬉しそうな顔。
そして最後に見た、ひどく悲しげな顔。
あの時、ずっと両手で抱えていた、俺があげたぬいぐるみ。
うらさんが、あんなにたくさんのぬいぐるみを家に飾って置いてくれているのは。
ホコリも被らず、丁寧に世話をしてくれているのは。
うらさんが、俺の気持ちに気づいていたからなのかもしれない。
きっと俺がそのぬいぐるみを見て、密かに喜んでいたのを知っていたからなのかもしれない。
そんなことに今更気づいて、俺は一人静かに笑った。
俺は今までうらさんに、そんな変なところまで気を遣わせていたんだと、今更自覚した。
あの人は、ほんとに、本当に優しいから。
(ぬいぐるみ、……今度うらさんに会った時、捨ててええよって言っておこう)
俺の気持ちを具現化させてしまったような溢れる量のぬいぐるみが、うらさんの家から消えて無くなれば。
俺の気持ちも、諦めがつくかもしれないから。
「え゛っ、さ、さかたぁ゛!?!?」
そんなことを思っていると突然名前を呼ばれて、ビクッと肩を揺らす。
振り向くと、志麻が口を開けて唖然としたように俺を見ていた。
「な、なんやまーしぃ……朝から元気やなぁ」
「いやいやいや、え!?まだ20分前やで!!?なんでおるん!?!えええ!?」
「別にええやろが!!僕だってたまには早くにだって来れるんですよ、志麻兄さん!!!」
「それならいつも20分前に来いや!」
「ゔ、それはちょっとカンベン……ちょうどいい時間に来れんねん、時間把握苦手やもん俺」
そんなことを話しながら、俺は志麻と待ち合わせ場所である喫茶店に入る。
ドアを開けると、カランカランと鐘の音が響く。
あったかい空気に身体が一瞬で包まれていくのを感じていると、やがて奥から来た店員が案内してくれた。
「中で待っとってもよかったんに。寒かったやろ」
「……確かにそうやん」
「ハハッ、あほやなあ〜」
「__こちらのお席にどうぞ」
志麻が返事をし、店員の指定された席に行こうとすると、突然足を止める。
それに咄嗟に反応できず、志麻の着ているパーカーのフードに顔がかかってしまった。
「っわ、ッなんだよまーしぃ、いきなり止まんなや〜」
志麻の顔を見ると、どこか一点を見て驚いた顔をしている。
視線の方へ目をやると同時に、ヒュッと喉がなった気がした。
指定された席の一つ奥の席にいたのは、センラとうらさんだった。
2人とも、こっちを見て驚いた顔をしている。
そんなうらさんの顔は、涙で濡れていた。
「志麻くんと坂田やんけ!どないしたんこんな所で」
うらさんが泣いているのに、それを一番分かっているであろうセンラが、この何とも言えない空気を変えるように明るい声で声をかけてきた。
その行動は無自覚なのだろうか。
そんなことを思っていると、志麻がセンラの声にホッとしたように安堵をついた。
「俺らライブの打ち合わせしようと思って来てん。センラとうらたさんは……なんかあったん?」
志麻が遠慮がちに言うと、うらさんがパッと顔を下に向けた。
それを見たセンラが、ちょっと相談事しててん、と少し濁った曖昧な言葉で返す。
それ以上のことを聞くなという壁を、2人につけられた感覚になった。
(……その相談は、俺じゃあかんかったん)
俺だって、いくらでも聞いてあげられるはずなのに。
だけどうらさんは俺じゃなくて、センラを選んだ。
そんな事実に、きゅ、と手を握る力を強めてしまう。
惨めだ。
こんなことで嫉妬してしまうなんて、なんて小さい男なんだ。
あの男に限らず、メンバーにまでそんな気持ちを向けてしまうなんて。
「あの…もしよかったら、ご一緒になりますか?」
何となく気まづい雰囲気が流れている中、店員さんがその空気を打ち破るように聞いてくる。
志麻が俺の顔をちら、と見つめてどうするかと目で問いかけてきた。
俺はすぐに、首を横に振る。
志麻がそんな俺を見て、別々で大丈夫ですと店員さんに伝えると、うらさんの顔がバッと上がった気がした。
でもそれを見れなかった。見たくなかった。
うらさんの涙を見たら、俺が拭いたくなってしまうから。
そんな役目、俺には元々ないのに。
今の俺は、きっとうらさんを慰めるどころか、悲しい表情をさせることしかできない。
俺はうらさんの顔を見れないように、わざと背中を向けられる席に座った。
志麻も向かい側の席に座ると、俺の方に顔を寄せてくる。
「……さかた、どうしたん?ほんまに一緒じゃなくてよかったん?」
俺にしか聞こえない小さな声でそう聞いてくる。
そう思うのも仕方ないだろう。
うらさんとこんな風に会って、うらさんとは別々の席で、なんて自分から言ったのは、きっとこれが初めてだ。
志麻にも、この前うらさんの彼氏と会ったことを伝えていなかった。
だから、俺とうらさんが気まづい関係になっている理由は、俺たち以外誰も知らないはずだ。
「…俺らは今日ライブの打ち合わせに来たんやし。一緒の席におったら迷惑しかかからんやろ」
「そりゃそうやけど……あとうらたさん、なんで泣いとるんや」
「…んー、分からんわぁ」
ごめんまーしぃ。
俺も何も、何も知らないんだ。
俺は過去のうらさんのことしか知らなくて、恋人がいる今のうらさんのことなんて、ほんのちっぽけなことしか知らない。
(こんなにうらさんと距離を感じるの、初めてや)
こんなにも近いはずなのに。
触れられる距離にいるはずなのに。
心だけは、姿が見えないほどに遠かった。
‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥
‥‥‥‥
「ふぅ………とりあえずこんな感じやな」
志麻が息をついて、頼んだコーヒーを飲む。
予想以上にかなり進んだ。
俺がなるべくうらさんのことを考えないように、アイデアをいっぱい出したからかもしれない。
声も出せるだけ大きく出した。
酒やけも治りかけなのにこんなたくさん声を出してしまったせいで、また少し喉が痛み始める。
それに気づいたのか、志麻が苦笑いを浮かべた。
「ったくも〜、坂田は一応病み上がりなんやで?声出しすぎや」
「酒やけって病み上がりなん……」
「はい、これが今日最後に決める予定のやつやで。俺らのソロ曲決め」
「……ソロ、か」
毎年悩む、一人で決めなければならない選択。
「やっぱり前から言ってたやつにするん〜?」
俺はこれかな、なんて嬉しそうに零しながら、既に多くの文字で埋められている紙に志麻が書いていく。
「……おれ、は、……まだちょっと悩んでる」
「そうなん?でも早めに決めへんと、バンドメンバーとかにも迷惑かかってまうで」
「…分かってる。なるべく早く決めるから」
俺の言葉に志麻が安心したように頷いた後、すぐに荷物を整えたかと思えば席を立った。
もう出るんや、なんて思いながら、俺も慌てて荷物をまとめる。
「んじゃ、俺らは帰りますわ!」
志麻の張り切ったような声に、俺は思わず呆気に取られて帰る準備をする手を止めてしまった。
「んえ?……いや俺も帰るんやけど」
「はいはい坂田はまだだめでーす。センラ、終わったで」
志麻が一つ奥の席でコーヒーを飲んでいたセンラに声をかけると、センラが顔を上げる。
何ともないその清々しい笑顔に、俺は肝が抜けてしまった。
「じゃあうらたん、坂田、ほなな〜」
「さかたぁ、ちゃんとうらたさん送ってけよ〜!」
そう言い残してあっという間に消えていった2人に、俺とうらさんはぽつんと取り残された。
(……あいつら、影で連絡とっとったな)
気を遣わせてしまったのだろうか。
色々言いたいことはあるが、とりあえず荷物を背負い、座って未だに俯いているうらさんの方に向かった。
こんな俺が、うらさんに声をかける権利なんてあるんだろうか。
俺は、きっと何も分かってあげられないのに。
「…俺、もう帰るけど、うらさんも一緒に帰る?」
返事はなかった。
それどころか、俯いているせいで顔も見えない。
どうしようかと思っていると、うらさんが俺の服を弱々しく掴んだ。
この前背中を掴んできた手と同じで、酷く震えていた。
「……うらさん……?」
「…………………」
返事はない。だけど、聞かずにはいられなかった。
「…うらさん、なんかあった?」
こんな俺ができることなら、何だってするから。
大丈夫だよ。話していいよ。
キミが望むなら、俺はずっと傍にいるから。
俺は、キミのいちばんの味方だから。
うらさんはまだ下を向いたまま、ピクリとも動かない。
そんなうらさんをしばらく見つめたあと、背負っていた荷物を置く。
うらさんの顔が見えるように屈んで、両手でうらさんの頬に優しく触れた。
驚いたように俺を見つめるうらさんの瞳に俺が映って、それが嬉しくてふわりと微笑む。
「目、やっと合った」
そう言うと、見つめていた瞳から、ポロポロと涙が零れてくる。
「…うらさん………」
「…っ、……………」
「うらさん………泣かないで、うらさん」
涙の痕が残らないように、優しく目尻を親指でそっと拭う。
「…っ、ぅ゛……っ、さ、か……っ」
今日初めて聞いたその声は、ひどく枯れていて。
目尻も、もう痕なんて気にしてられないほど赤くなっていて。
一体、どれだけ泣いたのだろうか。
(馬鹿だ、俺は)
何故この数時間の間、こんなにも弱っているうらさんに背を向けられたのだろうか。
本当はすぐにでも抱きしめて、この涙を拭いたかった。
なのに、勝手に俺の役目じゃないなんて思い切って。
避けて。逃げて。気にしていないフリまでして。
泣いているうらさんを、もっと深く傷付けて。
「ひっ、く……さか、っ…た…っ」
うらさんの頬を包んでいる俺の両手を、うらさんが重ねるように触れてくる。
その手はひどく冷たくて、カタカタとひどく震えていて。
「さか、た…ッ…さかたぁ゛………っ、ひっく……」
何度も何度も、うらさんが俺の名前を呼ぶ。
そんなうらさんの頭を引き寄せて、そっと肩に寄せた。
「…大丈夫。ここにいるよ、ずっと」
「……ん、っ…うん………う、ん゛……ッ…」
俺の服の裾を握って、何度もこくりと強く頷く。
そんなうらさんの頭を撫でようとするその手を止めて、ゆっくりと背中へ添えた。
少し目線をそらすと、ちらちらと俺達を見て不思議そうにしている人達が見える。
それはそうだろう。この状況は、誰が見ても不思議に思う。
「…うらさん。とりあえずここ出よ?」
「……………っ………」
俺がそう言うとパッとうらさんが顔を上げて、またカチリと目が合う。
涙を流しているせいか、さっきよりも目の周りが赤くて、見ているだけでも痛々しい。
何か言いたそうな顔をして俺を見るけど、その唇はきゅっと強く閉じられてしまった。
「…大丈夫やで。なんでも言ってや」
大丈夫だよ。ずっとそばにいるよ。
しっかりと目を見ながら、まだ震えている小さな両手を優しくゆっくり包む。
「…遠慮せんで、うらさん。教えて?」
伝わってるかな。優しく言えてるかな。
伝われ。
大丈夫。大丈夫だよ。
「…………ぃ」
ぽつりと、小さな声がうらさんの口から溢れる。
「………なに、?うらさん」
そう言うと、ぽた、ぽた、と流れ落ちる涙が、うらさんの瞳から溢れてくる。
「………ッさかたの、そばにいたい……っ……」
それはあまりにも小さくて。
今にも消えてしまいそうな声で。
「ごめ……ッ…ごめん……さかた………」
困らせて、ごめんなさい。
そう、泣きながらうらさんが零した。
うらさんの想いを、こんな真っ直ぐに聞いたのはいつぶりだろう。
俺と一緒にいたい、なんて。
そんな風に、まだ俺を求めてくれるなんて。
思わず泣きそうになってしまう衝動を必死に抑えて、うらさんに優しく微笑んだ。
「…うらさん。俺、それぞれの家に帰るために出ようって言ったんやないで?」
「…ッち、がうの…?」
俺の言葉に目を丸くさせて、首をこてんと傾けるうらさんに、俺は思わず笑みが零れてしまう。
かわいい。本当に愛おしい。
「んふ、ここやとうらさん気持ち落ち着けないかなぁって思って。ここから俺の家近いし、俺の家でもええかなって思ったんやけど」
「…………さかた、の家…?」
「家やなくても、うらさんが好きな場所でもええで。……どこでも、一緒に行くから」
大丈夫だよ、と言いながら優しく微笑むと、うらさんは少しだけ安心したように微笑んだ。
「……さかたの家、行く。……行きたい、」
「んふ、ん!!行こう」
俺の言葉に安心して微笑むキミが
ほんとに好きで、大切な人。
_____________
「はい、どーぞぉ」
「お邪魔します…」
うらさんが、少し緊張した様子で家に入る。
俺の家にうらさんが来るのは、いつ以来だろう。
そもそも俺は家に誰かを入れたくないから、人が来ること自体珍しいことなんだけど。
「そこのソファー座ってええよ」
適当に荷物を置いて、俺の後ろで突っ立っているうらさんに声をかける。
「……さかたは?」
少し不安そうな顔で見上げてくるうらさんが愛おしくて、クスリと微笑む。
俺に、甘えてくれてるんだ。
そんな事実に酷く嬉しくなって、抱きしめそうになるのを慌てて抑える。
「うらさんの好きなココア入れてくるだけよ。大丈夫、どこにも行かへんから」
優しく頭を撫でると、俺の言葉に安心したようにこくりと頷く。
そんなうらさんをソファーに座らせ、俺は台所でココアを入れ始めた。
ココアを作るのは、うらさんの家に行った日以来だった。
久しぶりに淹れるんだから、とびきり美味しいものを作ろう。
俺は気合いを入れて、ココアの入っている棚を開けた。
‥‥‥‥‥‥
「はい、どうぞ」
いつものように、ふわふわなタオルに包んであるコップを渡す。
コップを受け取ってもらった後、俺はうらさんの隣にゆっくりと座る。
うらさんは両手でコップを持ちながら、ふうふうと少し息を吹きかけ、ゆっくりと飲み始めた。
「……ん、おいしい」
「ほんま?よかった〜っ」
安心して、思わず笑みが零れる。
この前は、うらさんが飲んでくれる前に帰ってしまって、その言葉を聞けなかったから。
「てかうらさん、薄着すぎやろ!もぉ、寒がりなんやから、あったかい格好してないと風邪ひくで?」
俺は近くにあったパーカーを手に取り、うらさんに渡す。
前にネックウォーマーを渡した時も、こんなこと言いながら渡したっけ。
これって世話焼きなんかな?ひょっとして迷惑やったりするかも。
そんなことを思いながら顔を上げると、嬉しそうに柔らかい笑顔をしているうらさんが居て。
そんな考えは、すぐに泡となってぱちんと消えてしまった。
「……汚くない、とは思う、けど」
「ふふ、ありがと」
俺から受け取った後、すぐに服の上から被るうらさん。
パーカーから顔を出す仕草も可愛い。サイズも大きくて、手が半分しかでてないのも可愛い。
「…へへ、大きいねさかた」
半分だけ出ている手を伸ばしてひらひらさせながら、俺にふわりと笑いかける。
そんな、抱きしめたくなるような笑顔でそんなこと言わないで欲しい。
俺の家で2人きりだってこと、この人は分かっているのか。
なんて思ったけど、俺と2人きりなんて意識すらしないだろうと感じて、この気持ちのやり場に困ってしまう。
ガシガシと頭をかきながらコーラを飲むと、俯いたうらさんがゆっくりと口を開いた。
「…なにも、聞かないの?」
コップをすり、と指で撫でるうらさんを見つめながら、んー、と声を出す。
「聞きたいし、知りたいけど」
「……………」
「うらさんが言いたいなって思った時に、言ってほしいなって。…それに俺が家に誘ったんは、ただただうらさんのそばにいたいなぁって思って言っただけやから」
いつまでも一緒に居られるわけじゃないんだろうけど。
きっと恋人には、俺の知らないような色んな顔を見せてるんだと思うけど。
だけど、俺の方から離れたりなんて、もう絶対しないから。
「…さかた……」
「うらさんが言いたくなったら、いつでもなんでも、何度だって聞くから。やから、安心してゆっくりして」
うらさんが苦しくなったそのときは。
俺は、君だけのピエロになるから。
「___あのあと……けんか、したんだ」
俺の言葉がうらさんの心に響いたのか、きゅっと強く手を握って下を向きながら、ゆっくりと話してくれる。
「あの後って……ゲーセンの?」
俺の言葉にこくりと頷いたうらさんが、続いて話をし始める。
「…俺が………ずっと、抜け出せないから……それじゃだめだって、ちがうんだって頭の中で思ってても、やっぱり体は正直で」
「………」
「そんな俺のことを、あの人は変わらせようとしてくれてるのに。……俺は怖いから、弱いやつだから、断ち切ることなんてできなくて。…………俺はあの人と、真正面から向き合えたことなんてない。ただ俺はあの人を理由にして、自分の想いに蓋をしたいだけなんだ」
言葉の意味が上手く噛み合わなくて、まるで主語が全部抜けてしまっているかのようなちぐはぐとした言葉。
だけど、何となく分かるような気もする。
俺だって、だめだって何度思っても、うらさんへの気持ちは止めることなんてできなくて。
自分のこの気持ちに蓋をすることだって、きっと何かを理由にしないとできないだろう。
「……っ、あの人と一緒にいると、自分があまりに惨めで情けなくて、…………っ、苦しい」
俺も、うらさんの想いに蓋を閉じて。
一生その想いが出てこないように鎖で巻き付けて、二度と外せない鍵をかけて。
今までのように、相棒として傍に居られたら。
でも、それでも、きっと。
「でも多分…っ、あの人に何を言われても、俺は」
“__この想いを、離さずにはいられないんだと思う。”
_________________
「ふぅううーー!緊張するぅう〜っっ!!!」
12月1日。
今日は志麻の誕生日。
そして、しまさかバースデーの初日だ。
場所は東京公演。
誕生日当日で浮かれまくっている志麻が楽屋でバタバタと足を振ったり思い切りジャンプする中、俺はまだあることに悩んでいた。
「てか坂田、結局ソロどっち歌うん?2曲練習してたやん、リハまで」
「……う゛ぐ、」
志麻に言われた言葉に、ギクリと体が反応して硬直してしまう。
そんな俺に、志麻が慌てて俺の肩を掴んでくる。
「…まさか、まだ決まってないとか言うんやないやろな?」
「……えへへ」
にへらと笑うと、志麻の顔が一気に青ざめる。
誕生日当日の男にこんな顔をさせてしまうなんて、俺も本当に手のかかる男だな。
「はあ゛〜ッ!?!何しとんねん坂田!!!」
「さ、サム達にはちゃんと事情も伝えて先に謝ってんねん!………………俺が、…あと一歩の勇気が、出なくて」
「………勇気?……なんやねん勇気って」
不思議そうに首を傾げる志麻に、俺は覚悟を決めて口を開く。
その内容に志麻は目を見開いた後、すぐに少し泣きそうな顔をした。
そんな志麻の顔を見て、やっぱりこの人は優しい男だと実感する。
俺の我儘をいつも聞いて貰っていた分、その期待に応えられたらよかったのに。
「…なんで、坂田…急にそんな」
「…このままずっと、立ち止まってたらだめだと思って」
でもまだその勇気が出ずに、まさかの本番当日まで持ち越しになってしまったのは事実なんだけど。
そう言ってケラケラと笑うと、泣きそうな顔をしていた志麻が切なげに微笑んだ。
俺はその優しい笑顔に、気付かないふりをした。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥
「あと1分です!!」
時は過ぎ、本番1分前。
観客の声も聞こえる中、俺達は既に舞台裏でスタンバイをしている。
もう後残り数える間もなく、俺たちの最初のライブが始まる。
緊張を解すように息を吐いていると、志麻が近くに寄ってきた。
もうあと少しで舞台に出なくちゃいけないのに、一体どうして。
焦っている俺に笑みを浮かべた志麻は、俺に小声で耳打ちした。
「ソロの順番、俺を先にしてくれって頼んだから」
「…!え…っ」
驚いて志麻の顔を見ると、得意気に微笑む志麻の顔が明るくなった光に反射する。
光がついた。みんなの歓声が聞こえる。
「最後までしっかり悩めよ、坂田」
「………っ、まーしぃ、っ、ありがとぉ……っ、!」
先に走っていく志麻の背中を追いかける。
ほんとに、なんてかっこいいやつだ。
まーしぃ、ありがとう。
こんな時まで、迷惑ばかりかけてごめん。
もう少し。
もう少しだけ、そのかっこよさに甘えさせて欲しい。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
ライブも中盤に迫ってきた。
一人一人が歌う、ソロの時間が始まる。
緊張しているのか、俺の足は産まれたての小鹿みたいにカタカタと震えていて。
落ち着かせるために、そばにあった椅子に座った。
そんな俺を見ていた志麻が俺の頭をぽんぽんと優しく叩いて、スタンバイをし始める。
その優しさに泣きそうになりながらも、俺は必死に自分の答えを導き出そうとしていた。
俺が悩んでいる、ふたつのソロ曲。
ひとつは楽しくアップテンポの曲で、ずっと楽しんでいたい、もっと盛り上げたいライブにも匹敵な曲。
本当ならこの曲を選んでいただろうし、観客のみんなもきっと同じことを思っているだろう。
もうひとつ。
もうひとつは、俺が、きみに。
僕だけの太陽に、届けたい曲。
「さかた………っ!!」
背後から聞こえた、俺の大好きな人の声。
俺が今日ずっと聞きたくて、聞きたくなかった。
だいすきな、うらさんの声。
「ごめん、っ……は……遅くなった…っ」
「うらさん……」
うらさん。うらさんだ。
は、は、と肩を揺らすうらさんを見て、思わず泣きそうになってしまう。
ねぇ、うらさん。
俺ね、俺、うらさんが好きなんだよ。
「志麻さんソロ入りまーす!」
裏方の声と同時に、志麻が背を向けて歩き出す。
うらさんが来たことに気づいていたのかは分からないけど、すぐに明るい舞台へと出ていってしまった。
歓声の後しばらくして、曲が始まる。
志麻の声と一緒に、観客席は紫の色が花のように咲いていた。
まるで、俺を応援してくれるような力強い歌声。
それにまた勇気を貰いながら、俺は椅子から立ってうらさんと向き合った。
もう大丈夫。足も、もう震えていない。
「…うらさん、来てくれてありがとう」
「………お前がどうしても来いって言ったんだろ。来ない訳にはいかねーよ」
そう。うらさんが泣いたあの日、うらさんにこの初日のライブには絶対来てほしいと頼んだのだ。
午後まで仕事があって来れるか分からないと言われてしまったけど、本当にどうしても来てほしいと、何度も何度もお願いして。
頑張っていけるようにする、なんて答えてくれたキミを、信じてよかった。
うらさんは、絶対来てくれると思ってたから。
本当に、来てくれた。
「うらさん…」
“……ずっとこの想いを、離さずにはいられないんだと思う。……だから俺は、もう一度ちゃんと。あの人と向き合いたい。俺が今思ってる気持ちを、ちゃんとはっきり伝えたい”
うらさん。
すきだよ、うらさん。
ずっと俺から目を離さずに見つめてくれるうらさんを、俺は抱きしめた。
「っぇ………っ、さ、かた……?」
戸惑った声が、俺の耳元で聞こえる。
ずっと、抱きしめたかった。
俺のだいすきな、だいすきな人。
離したくなくて。君の1番でありたくて。
君のことになると俺は欲張りになって、でもいつもあと一歩の勇気が出なくて。
でも、君が笑顔になれるなら。
僕は喜んで、君のために。
「…うらさん」
「……?」
抱きしめていた腕をゆっくりと解き、うらさんと目を合わせる。
うらさんの俺を見つめる顔は舞台裏にいるせいであまりよく見えないけど、少し顔を赤く染めているのが分かって。
そんな可愛い顔をさせることができて、俺は本当に幸せ者だと思った。
だけど、もう。
これで、最後にするから。
「俺が次に歌う曲は、
うらさんのためだけに歌う曲だから」
「…俺、だけに?」
目を丸くして答える君に、俺はふわりと笑って頷いた。
「そう。……うらさんだけに、俺の思ってる気持ち全部。伝わるように頑張るから」
気がつけば志麻の曲が終わって明かりが無くなり、歓声と拍手が鳴り響く。
志麻が戻ってきたのを確認すると、俺はうらさんに背を向けて走り出した。
見てて。
絶対に、キミに後悔なんてさせない。
キミが、自分の気持ちにまっすぐに向き合えるように。
“___うらさんへの想いを断ち切ろうと思う。でも、まだその勇気が出ない”
苦しくても。泣きそうでも。
君の笑顔が見れるなら。
僕は、何度だって君のために。
バンドメンバーが全員、俺を見る。
人差し指でゆっくりと1を作ると、やがて曲が始まる。
優しくて。切なくて。
思いが溢れてしまいそうな伴奏。
ちらりと舞台裏にいるうらさんの方を見ると、舞台裏の1番近くで俺を見てくれていた。
俺がうらさんに微笑むと、驚いたように目を見開いて、やがてふわりと微笑み返してくれた。
ああ。
君が好きだよ。
その想いを込めて、俺は息を吸った。
_____________________
「…っ、はぁ…っはぁ…っ!」
目的地に着いたと同時に、俺は足を止めて息を整える。
じわじわ、ひりひりと、冬独特の痛みを感じる。
手がかじかんで、曲げることさえできなくて。
息をするのがこんなにも苦しい。
指先も鼻先も、冷たくて。痛くて。
でも心は、こんなにもあったかくて。
さかた。
ねえ、さかた。
おれ、おれね。ほんとはね。
意を決して、インターホンを押す。
俺の正直な気持ちを、ちゃんと伝えれるようにと。
強く、強く願いながら。
______________
大きな歓声と拍手。
眩しい照明。暑い舞台。赤く光る観客席。
その舞台の上に立っている坂田は、いつもの坂田とはどこか違って。
どうしても、目が離せなくて。
やがて照明が暗くなり、すぐに大きな画面上に志麻と坂田の実写映像が流れてくる。それを機に坂田が戻ってくると、俺の顔を見て眉を下げて優しく微笑んだ。
坂田の手が俺の頬に差し伸べられたと同時に、坂田の指が優しく目尻に触れる。
その時に初めて、俺は泣いていたんだと気づいた。
「…ふふ。うらさん、泣かないで」
「………っ」
自分が泣いていることに気づいた途端、ポロポロと溢れて止まらない涙に、坂田はもう片方の手でも優しく拭ってくれる。
俺の頬が坂田の暖かい両手に包まれて、この前俺が泣いた時も、坂田がこうやって涙を拭いてくれたことを思い出した。
優しくて暖かい、いつも俺を支えてくれる手のひら。
「……俺の気持ち、ちゃんと届いた?」
少し不安そうな声で言う坂田に、俺が何度も何度も頷く。
もう声に出して答えられないほど、涙が溢れて止まらない。
頷いた俺に坂田は少し安心したように、よかったぁ、なんて言いながら俺の頬に指をすべらせた。
「……っさ、かた…っ」
「…なあに、うらさん」
「…っさかた、俺………おれ、ね…っ」
ほんとは。本当はね。
次の言葉を出す前に、坂田が俺の体を引き寄せて、ぎゅうっと強く抱き締めた。
「…っえ………さ、か」
「……ごめんね、ちょっとだけ」
歌った直後の、少しだけ荒い息。
体温から感じる熱さ、汗。
嗅ぎなれた、さかたの匂い。
「………うらさん」
1分、2分くらいだろうか。
しばらく坂田の体温に静かに身を寄せていると、坂田がポツリと言葉を落とす。
「前に俺が、自分の声が嫌いって言った時、うらさん、坂田の声が好きって言ってくれたやん?」
「……………」
「俺、あの言葉、ほんまに嬉しくて。めっちゃ勇気貰えたんよ」
だからね、と言った後、坂田は俺を抱き締める手を離して、その代わりに俺の手を引いて歩き出す。
俺の手を引く坂田の背中は、とても大きくて。
歩いた先には、関係者の出入口があった。
「だから今度は俺が、うらさんに勇気をあげたい」
振り返って笑う坂田の顔は、今までにないくらいに優しくて、穏やかで。
「うらさんがちゃんとあの人と、自分自身と向き合えるように、伝えられるように」
「…さかた………」
なんで。
どうして、そんなに優しいの。
俺があと一歩の勇気が出せないことを分かってて、気づいてて。
そんな俺を、あんなに優しい歌で。声で。
たくさん、勇気づけようとしてくれたの?
「…うらさん、泣かないで」
頬に触れる指が、体温が。
こんなにもあたたかくて、優しくて。
「そんなに泣いたら、俺があの曲歌った意味なくなっちゃうやん」
視界がぼやけて、涙が溜まって、うまく坂田が見えない。
ねえ、さかた。
今、どんな顔してるの?
「笑って、うらさん」
優しくて、ふわふわした気持ちにさせてくれるその声をするその存在に、俺は強く勢いよく抱きついた。
わ、と少し驚いたように声を出した坂田が、やがてすぐに俺の背中に腕を回してくれた。
「…大丈夫だよ、うらさん」
「ん……っ」
「…いつだって俺がうらさんの味方でいるから。ずっとうらさんのそばにいるから」
「うん゛…っ」
大丈夫、大丈夫だよと、坂田は俺の背中や頭を優しく撫でてくれる。
『__うらさんだけに、俺の思う気持ち全部。伝わるように、頑張るから』
伝わったよ、さかた。
さっきもこうやって、大丈夫だよって。
いっぱいいっぱい、俺に伝えてくれてたんでしょ?
「…さかた、」
「なあに、うらさん」
「おれ、ちゃんと言えるかな」
俺の発した言葉に、坂田は一瞬驚いたように背中を撫でる動きを止めたけど、すぐに優しく笑ってくれた。
「言えないわけないやん!大丈夫や、絶対」
「…坂田みたいに、うまく伝えられるかな」
「…うまくなくてええんよ。ゆっくり、自分の言いたいことを思うがままに言えばええんよ」
絶対、伝わるから。
ゆるゆると、きつく縛っていた糸が解けるように。
坂田の言葉で、俺の心が暖かい気持ちで満たされていく。
「……さかた、ありがとう、坂田」
そう言って、坂田の背中に回していた手を離すと、坂田もゆっくりも俺の背中から手を離す。
「…ん。行ってらっしゃい、うらさん」
その言葉に頷いて、俺は坂田に背を向けてドアを開ける。
開けると同時に、ひんやりとした風が入ってくる。
冷たいけど、でも、もう大丈夫。
坂田に、たくさんのものをもらったから。
「ほんとにほんとに、っありがとう、さかた、!」
振り返って笑顔でそう言うと、坂田は少し瞳を揺らした後、やがて目を細めながら微笑んで、ゆっくりと頷く。
俺はそれを見たあと、俺は背を向けて走り出した。
________________
あれから、何事も無かったかのようにライブ後半戦が始まり、今年初のバースデーライブは大成功に終わった。
「お疲れ様でしたーー!!!」
各自自撮りも撮り終わり、今日のお世話になったメンバー達ともライブ成功の喜びを分かち合う。
「どうしますーこの後!!打ち上げとか行っちゃいますか、2人とも!」
「いや俺ら今日はええよ!みんなで行ってき〜」
志麻が言った言葉に、俺は驚いて目を見開く。
なんで。まーしぃ、今日誕生日なのに。
「そうですか〜残念、次は来てくださいね!」
「ゆっくり休んでくださーい!」
「志麻くん誕生日おめでとうー!!」
「坂田さんもお疲れ様ー!」
「おー!ありがとうなみんな!」
バンドとダンサーのメンバー達と挨拶を交わして、気づけばあっという間に俺と志麻の2人だけの空間になってしまった。
「…まーしぃ、よかったん?行かなくて」
「ん?」
「だってまーしぃ、今日誕生日やん」
「んー………まあ、理由はいろいろあるけど」
少し言葉を濁すように志麻が笑って、不思議そうに見つめる俺の頭をくしゃくしゃっと乱暴に撫でた。
「坂田が頑張ったんやもん、俺がいっぱいお兄ちゃんしなきゃな」
また一つ年の差開いたしなぁ、といたずらっ子のように笑う。
「まーしぃ、…」
「うんうん、坂田はえらいなあ」
「…そんなんすぐに1個追いつくけどな」
「あっはー!そこつっかかってくるんかいな!!?ええねんええねん、一生坂田は俺に追いつけへんからな」
うんうんと得意気に頷きながらも、志麻は俺の頭を撫でる手を止めない。
「…久しぶりに、うらさんの笑顔、みれた」
そう零すと、志麻が俺の頭を撫でる手を離して、真剣な、だけど優しく穏やかな顔で頷いてくれて。
「ありがとう、って言ってくれた」
「うん」
「…歌で気持ち伝わった?って聞いた時、うらさん、頷いてくれたけど、ほんとに伝わったかな」
「んなもん、俺にでも痛いほど伝わったんやから。うらたさんに伝わらんわけないやろ」
「…………っ、おれ…………ッ」
ああ、だめだ。
「…っ、やっぱり、うらさんのこと好きだなあ…っ」
想いが、溢れて止まらない。
流れる涙を拭うことはなく、ただひたすらに溢れる涙を零していく。
諦めるとか。君のためにとか。
そんなもの、所詮ただの言い訳に過ぎなくて。
うらさんへの気持ちは、溢れて溢れて止まらなくて。
蓋なんて、鎖なんてつけても意味なんて無くて。
すきだよ。
すきなんだよ、うらさん。
“ほんとにほんとに、っありがとう、さかた、!”
______いかないで、
「さかた…」
「…っぅ、はぁ、っひっく………ッごめん、まーしぃ…っ、きょぉ、誕生日なのに…ッ」
「もぉ〜そんなこと気にせんでええねん!!俺は坂田に無理して笑顔向けられる方がいやや。今日はいっぱい、いっぱい泣け。な?」
「…っ、……っふ、うあぁあ゛……っ」
堪えきれずに、声の限りなき叫ぶ。
うらさん。
すきだよ、うらさん。
俺だけの、太陽でいて欲しかったんだよ。
抱きしめた手を離した時も。
ありがとうと笑顔を向けられた時も。
“いかないで、ここにいて”って。
俺から離れていかないでって。
何度も何度も、願ってる自分がいたんだよ。
涙が溢れて止まらない中、志麻がずっと背中を擦ってくれて、俺の行き場のない思いに何度も頷いてくれた。
その手の優しさを感じて、俺は更に涙を流した。
多く溢れて止まらない涙が、天井の蛍光灯の光を受けて、キラキラと鈍い銀色に光っていた。
_____________
「……………………よし、」
深呼吸をした後、決心したように目を開ける。
少し震えた手でインターホンを鳴らすと、しばらくして扉がゆっくりと開いた。
ふわ、と外よりも暖かい空気が、部屋の中から流れてくる。
「………あれ。どうしたの、渉」
ドアを開けたまま驚いたように俺を見つめてくる彼を見つめ返して、俺は意を決するためにまた深く息をつく。
「…話、しに来たんだ」
思ったより、声が震えてしまった。
足も震えが止まらない。怖い。逃げたい。
だけど、あんなにも勇気をもらったのは初めてだったから。
今やらないと、きっともう二度と前に進めない気がするから。
彼はしばらく佇んでいた後、ゆっくりと頷いて俺を部屋の中へと入れてくれた。
「いいよ、適当に座って」
暖かい部屋に冷たくなっていた身体が包まれて、かじかんでいた手も曲がるようになってくる。
彼の言葉に頷いてソファに座ると、彼も俺の横に座った。
「…で、話って?」
お互い無言になってしまうことを許さぬように、彼が座ったあとすぐに本題に入ってくる。
きゅ、とズボンを握りしめて、緊張している身体を少しでも安心させようとする。
うまく伝えられなかったら、なんて不安が頭をよぎる中、一人の男の声が俺の脳内に響いた。
“___大丈夫だよ”
あぁ。
俺には、さかたが居てくれる。
そう思うだけで震えも止まって、勇気がみなぎってくる。
大丈夫。大丈夫だ。
俺は意を決して、彼と目を合わせる。
「…………っ、俺と、」
ねぇ、さかた。
本当は、ほんとはね。
俺、坂田に伝えたいこと、いっぱいあるんだよ。
______________
「は…………さむ………………」
家に帰宅した後、俺は何もしないままベランダの外に出て、ぼんやりと空を眺めていた。
やっぱり冬の夜空は、他の季節の時よりも暗くて綺麗だ。
あの後、泣き腫らした俺を志麻が家まで着れてきてくれた。
しばらくここに居ようかと言ってくれたけど、俺はそれを断った。
帰る途中のタクシーの中で連絡をとっていた志麻を見て、これから会うであろうセンラとの約束を密かに楽しみにしていたことに気づいてしまったから。
今日の打ち上げに行かなかったもうひとつの理由は、おそらくそれだろう。
(そんなとこまで、甘えるわけにはいかんもん)
もう十分、支えてくれたから。
ふぅと息をつくと、白い息が冷たい風に流れていく。
音楽を聴きながら歩いたらもう少し気分が晴れるかもしれないとも思ったけど、ライブ後だから足も疲れてるし、この家から出る気にもなれなかった。
それに、今日失恋したってことを俺の中に実感させるためにはいい時間なのかもしれない。
(……うらさん、ちゃんと言えたかな)
うらさんへの想いを断ち切るために歌う、なんて俺の中で宣言した覚悟は、何年も想い続けて積み重なった気持ちなんかに勝てるわけがなくて。
本当に弱い奴だな、なんて、自分に対してクスリと嘲笑う。
“好きなら、弱ってるうちに押せばよかったのに”
いつだったか、冗談か冗談じゃないのか分からないようなことを言ってきた志麻の言葉を思い出す。
自分のものにしたい、なんて強い思いを持っている人なら誰でも、そう思うのかもしれない。
でも俺は、それを拒んだ。
うらさんが、俺にも本当の気持ちを言えなくなってしまうことが、いちばん嫌だったから。
行ってほしくないと思う一方で、自分の気持ちに正直になって、笑顔になってくれたらいいって、ずっとずっと望んでいた。
(……あんな笑顔見たら、……背中押してよかったって、俺も勇気出して良かったって、思えたから)
だから、今日だけは、君を思って泣くことを許してほしい。
ピンポーン
すると、突然インターホンが鳴った。
こんな深夜に、一体誰が来たんだ。
ベランダから部屋の中に入って時計を見ると、既に日付が変わっていた。
さっきまで一緒にいた志麻が何かを忘れていったのかもしれないと思い、俺は急いでドアを開けた。
「なあにまーしぃ、わすれも……………の……」
泣き腫らした目を擦りながら前を見ると、いるはずのないその姿に俺は目を見開く。
なんで。
どうして、君がここにいるの。
ドアの向こうにいたのは、うらさんだった。
_________________
しばらくの沈黙の後、固まっていた坂田がハッと意識を取り戻したように力を緩め、とりあえず寒いから上がって、と言ってくれた。
俺はその言葉に頷いて玄関に入り、ぱたん、とドアを静かに閉める。
静かで、少し重い空気。
「……ぇ、と、」
「ごめんな坂田。……ライブで疲れてるのに。もう日付越しちゃってるし……」
「ぇ、?あぁ、それは全然気にせんでええよ、!それよりうらさん寒かったでしょ、中入ろうや」
さかたの声が、少しだけかすれてるのが分かる。
目も、少し赤くて腫れていた。
泣いていたんだ。
どうして?なんで、そんな風になるくらい泣いてたの。
「………上がらんの?」
玄関で立ち止まったまま坂田の顔を見つめる俺に、坂田が不思議そうに声をかけてきた。
顔をあまり見られたくないのか、目を合わせてはくれない。
それがまるで避けられたように思えて、胸が苦しくなった。
「…この時間にあがるの悪いし……それに、坂田に、話、したかっただけだから」
途切れ途切れながらにそう言うと、坂田は俺の雰囲気がいつもと違うことに気づいたのか、玄関に立ち竦んだままの俺にゆっくり向き合ってくれた。
「……うん。わかった」
まっすぐに俺を見てくれる坂田の視線を感じて、ごくりと息を飲む。
いつもと違う、固くて重い空気。
ひどく緊張して、坂田の顔が見れない。
だけど、言いたい。伝えたい。
俺はひとつ深呼吸をして、ゆっくりと口を開いた。
「………俺、別れてきた。」
「……え?……っ、な、んで…」
坂田が戸惑ったように目を見開いて声を出す。
そんな反応にもなるだろう。
坂田が背中を押してくれたのは、俺が勇気を出して彼に気持ちを伝えて、彼と気持ちが繋がった恋仲として居られるようにと願いながらやってくれたことだろうと思った。
でも、ちがうの。
そうじゃないんだよ、さかた。
「……さっき、彼の家、行ってきたんだ」
____________________
「…俺と、別れてください」
震えずに、まっすぐに彼の目を見てはっきりと伝える。
彼が驚いたように目を見開いて、俺とぱちりと目が合うことを避けるかのように目を逸らした。
苦しい。痛い。辛い。
でも言わなきゃ。このままじゃ、ダメだから。
「………俺、好きな人がいるんだ」
そう告げた俺の言葉に、彼は何も動じなかった。
ただずっと、俺じゃないどこかを見つめていて。
それなのにこの長い沈黙を切ったのは、彼の方からだった。
「……知ってたよ」
「……え…、?」
「気づかないわけないよ」
穏やかな表情で笑う彼に、俺は驚きが隠せなかった。
俺の気持ち、とっくに気づいてたんだ。
じゃあ俺はどれだけの間この人を傷付けて、自分の感情に蓋をするための手段として操ってしまっていたのだろう。
「…俺が渉に告白する前から、ずっとそいつが好きだったんだよね」
「……!!」
「俺が告白したとき、傷付いた顔をするのと同時に諦めたような顔してたの、気づいてないでしょ。…………その時に気づいたんだ。きっと渉には好きな人がいるって。だけど同時に、渉は叶わない恋をしてるんだなっていうのも、気づいた」
ああ。最初から、全部気づいてたんだ。
それなのに、気付かないふりをしてくれていたんだ。
「だからあの時、今抱えてる気持ち全部、俺が忘れさせてあげるって言ったでしょ」
「………うん」
「……そう言ったら、無理やりにでも俺のものにできると思ったんだ。……絶対、手に入れたいと思った人だったから」
今考えてみても、渉にとって苦しい選択だったってことは目に見えてわかってたのにね。
そう笑う彼に、俺はなんて返したらいいのか分からなくて、ただただ何も言わずに聞くことしかできなくて。
「……付き合って、渉の家に初めて行ったときに気づいたんだ。渉の想いは、そう簡単に消せるものじゃないんだって」
最初は、溢れんばかりのぬいぐるみの量を見て、ぬいぐるみが好きなんだって、可愛いなと思った。
今度、何か持ってきてあげようとも思った。
でも、そうじゃなかった。
渉は、ぬいぐるみが好きなんじゃない。
「ぬいぐるみをくれる彼が、彼だけが、好きだったんだよね」
そう言う彼の声が、これまでにないほど優しくて。
ぽた、ぽた、と落ちていく涙が溢れて止まらない。
俺が泣く資格なんてないのに。
たくさん、たくさん、俺が傷つけたのに。
「……ゲームセンターで彼と一緒に居る渉を見て確信したんだ。渉がすごく楽しそうに笑ってるのも、受け取ったぬいぐるみを見て嬉しそうに笑ってる顔も、全部幸せそうで」
「……っ、ぅ……」
「そんな幸せそうな渉を、俺は見たくなくて。渉の気持ちを何も知らずに隣にいる彼に、心底腹が立って。…彼も渉も傷付いてしまうような、あんな酷いこと言った。はは、完全に八つ当たりだよね」
ただただ泣くことしか出来ない俺が小さく首を横に振ると、彼は眉を下げて微笑んだ。
「…羨ましかったんだ。渉を、あんな簡単に幸せな顔にさせてしまうことのできる彼が」
ゲームセンターから一緒に帰った後も、彼からの贈り物であるぬいぐるみが家にあることで、一生渉がその想いを背負っていかなくちゃいけないんだと思った。
貰ったぬいぐるみを彼との思い出として、一生大切に置いておくのだろうと思った。
そんな渉を、俺は見ていられなかった。
「……全部捨てようって渉に言った時、お願いだから捨てないでって、泣きながら抵抗してきたよね」
俺は、渉を辛い顔にしかさせることができない。
彼といた時みたいに、心から幸せそうな顔をさせることなんてできない。
泣いてでも、傷付いてでも、捨てたくない大切な気持ちが渉の心にあるって、その時に痛いくらい実感した。
「……渉は、全然自分の気持ち隠しきれてないよ。彼が好きだって、特別なんだって、行動でも表情でも全部、全身から伝わってくるもん」
俺からしたら、彼も同じくらいダダ漏れだったけどね。
そう言って笑う彼の笑顔があまりにも優しくて、どんどんと涙が溢れてくる。
中途半端な気持ちのまま、こんなにも優しいあなたに向き合う資格なんて、最初からなかったのに。
もしかしたら、このどうしようもない自分の気持ちを、あなたといることで抑えられるかもしれないと思って。
自分のことだけ考えて。
「っ、ごめんなさい……っごめ、なさ…っ」
許してもらう資格なんて、俺にはないのに。
ずっと、ただただ謝ることしか出来なくて。
「……でも今日は、自分の気持ちに正直になろうとして来てくれたんでしょ」
嬉しかったよ、と言った彼が、俺の頭をポンポンと優しく叩いた。
「いっぱい、我慢させてごめんね」
彼の言葉に、俺は勢いよく横に首を振る。
全部全部、悪いのは俺のほうなのに。
こんなにも俺を想ってくれる優しい人なのに。
そんな想いを、俺も受け止められると思ったのに。
いつかきっと応えられるって、思ってたのに。
俺には、あいつしか見えなくて。
「今までありがとう、渉」
ごめん。ごめんなさい。
たくさん傷つけて、ごめんなさい。
自分の気持ちを上手く隠せなくて、ごめんなさい。
たくさんたくさん、ごめんなさい。
声にならない気持ちを彼は受け取ってくれたかのように、優しく頭を撫でてくれた。
その手は、とても暖かった。
______________
「俺と別れたからには、彼に絶対に告白しなよ」
しばらく経って、涙も落ち着いてきた俺が帰ろうと玄関で靴を履いている時に、後ろでそれを見ていた彼がそんなことを言ってくる。
驚いて思わず振り向くと、彼は呆れたように微笑んでいた。
「……え」
「渉、絶対言わないつもりでしょ。俺が幸せになる資格なんてないとかなんとか言って」
「……っそ、うだよ、俺は」
こんなに傷付けたのに、俺が幸せになる資格なんてない。
そう告げようとした言葉は、唇に当てられた人差し指で遮られてしまった。
「……幸せになるのに資格なんていらないよ。渉はもっと、自分の気持ちに欲張りになるべきだ」
そう言って笑う彼に、俺はまた視界がぼやけてくる。
どれだけ優しいんだ、この人は。
そんな俺を見て呆れたように笑いながら、もう涙は拭わないからな、なんて冗談っぽく茶化してくれる彼に、俺は何度も頷く。
「……っ、俺も幸せになるから。だから、お願い。俺と同じくらい、幸せになって」
目を見てはっきりそう言うと、彼が驚いたように目を見開いて、やがて嬉しそうに笑いながら、もちろん、と言ってくれた。
「じゃあ渉は今すぐ彼んとこ行きなね」
「ぇ、?……いや、日付ももう過ぎてるし」
「今日言わなかったら一生言えないの、俺はとっくに分かりきってるんだよ」
でも、といつまで経っても出ていかない俺の背中を強く押してきて、俺の体が無理やり外に出される。
振り向こうとすると、トン、と俺の背中を強く押された。
「大丈夫。頑張れ!」
その言葉に魔法がかかったように、俺は強く頷いて、足が勝手に動くように走り出した。
「……ばいばい、渉」
そんな彼の小さな声が、わずかに聞こえた気がした。
____________________
“大丈夫。頑張れ!”
頑張る。頑張るよ、
今目の前にいて話を聞いてくれている坂田に、ありのままの起きたことを伝える。
俺は言葉にして伝えるのが下手くそだから、ひとつひとつのことを伝えるのに時間をたくさんかけてしまったけど。
それでも坂田は、ずっと黙って、何も言わずに俺の話を聞いてくれてた。
「……っだから、坂田にもちゃんと……俺の気持ち、伝えたくて」
また、じゅわりと涙が込み上げてくる。
さかた。
あのね、さかた。
俺、坂田に伝えたいこと、いっぱいあるんだよ。
「いつも俺の背中を押してくれて、ありがとう」
「俺のわがままを、いつだって笑って受け止めてくれて、ありがとう」
「そばにいるよって、大丈夫だよって、ずっとずっと言ってくれて、ありがとう」
「いつも隣で支えてくれて、ありがとう…っ」
俺、ちゃんと言えてるかな。
もっともっと、坂田に伝えたいことがあるのに。
自分の気持ちを言葉に出すことが、ほんとに苦手だから。
坂田に俺の気持ち、全部。伝わって欲しいのに。
「…っ、俺、おれ……っ、さかたの声も、仕草も、笑顔も、っ……ぜんぶ、全部……っ」
「好きなの…っ、全部全部、さかたが好き…っ」
好きなんだよ、
全部全部、さかたが好きなの。
困らせちゃうって、分かってたのに。
溢れたら、こんなにも止まらないんだって思えるくらい頭の中はさかたでいっぱいで。もう元には戻れなくて。
「好き、っ…さかた………っき、好き…っ」
俺のどうしようもない声とすすり泣く音だけが、玄関に響いて。
ずっと黙ったままの坂田は、俺を見たまま全く動かなくて。
伝わってないかな。
迷惑だって、思われたかな。
そうだよね。ついさっき、俺にあんな歌を歌ってくれたのに。
本当はさかたが好きなんだって言われたら、どうすればいいか分かんなくなるのも当たり前で。
俺はぜんぶ、何もかも遅くて。
ごめん。ごめんね。
「っ、ひっく…………っ、ふ、」
「……………………」
「っず、…………っひ、゛」
「………………………………うらさん、」
小さく一歩だけ近づいた坂田の手が、涙を拭っている俺の手を掴んで。
俺のかじかんだ冷たい手が、暖かい手のひらに包まれる。
俺が坂田に顔を向けるのと同時に、坂田の顔が上手く見えないほど近くなって。
音もせずに唇が重なる感触に、俺は目を見開いた。
「…っさ、か……………ん…っ」
触れただけの唇が離れた後、俺が坂田の名前を呼ぼうとする前にもう一度唇が重なって、その声を遮られる。
初めて感じる体温が心地よくて、気持ちよくて。
俺は溢れる涙で潤んだ瞳を、ゆっくりと閉じた。
_________________
「……坂田とうらたさん、上手くいっとるかな」
イルミネーションが夜の街を明るく照らしている。
小さなベンチに座っていた俺、志麻がぽつりとそう呟くと、隣に座っていたセンラがクスリと優しく微笑んだ。
「さっきうらたんに会った時、めっちゃキツく言うとったんに〜。ツンデレさんやね」
「〜ッな、もぉ〜うるさいねん!!……しゃあないやんか。坂田のあんな声殺したような泣き声、もう聞きたないって思ったんやから」
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
数十分前。
俺は坂田の家のエントランスから出て、寒い外で待っているセンラと早く合流しようと足を早める。
すると、向かい側から息を切らして走ってくるうらたさんの姿が目に映った。
「っはぁ、まーしぃ、……ッさかたは…っ」
「…坂田なら、もう家やで」
「…っ、ありがとうまーしぃ、!」
「ちょお待ってうらたさん!!」
俺を横切って走ろうとするうらたさんを、俺は声を上げて止める。
驚いたように振り向くうらたさんをまっすぐに見つめながら、俺ははっきりと口に出す。
「今日はもう行かん方がええんとちゃうか?もう日付すぎとるし、坂田もライブ終わりで疲れとるんよ」
そう言うと、ぐ、と唇を噛み締めて下を向くうらたさん。
そんなうらたさんに釘を刺すように、俺は続けた。
「今日の坂田の歌で、坂田の気持ちが本当に伝わったんやったら、今行くんはおかしいって思わへん?それくらい、考えたら分かることやろ」
「ちょ、志麻くん……!」
どこか不穏な俺たちの雰囲気を察知したのか、少し遠くで見守っていたセンラが駆け寄ってきて俺を止めようとする。
「坂田があの曲を歌った覚悟を、そんな簡単なものやと思って欲しくないねん、うらたさんには」
「……っ、でも俺、言わなきゃ」
張り裂けるようなうらたさんの声に、俺とセンラは目を見開いて、言葉を失う。
「………っ坂田が俺に、いっぱい、大丈夫だよって、そばにいるよって伝えてくれたのに……っ、俺が坂田に、自分の本当の気持ち、伝えられないのは嫌だから」
“自分の、本当の気持ち”
うらたさんの、本当の気持ち。
その言葉に、俺は思わず涙が出そうになる。
やっぱり、うらたさんの本当の気持ちは。
「……ほんなら行くしかないな」
うらたさんに近づいて、ポンポンと肩を叩いて笑うと、うらたさんの瞳が揺れた。
「___うらたさん!!」
再び前を向いて走り出したうらたさんの背中に、俺はもう一度声をかける。
「うらたさんって、坂田のこと好きなんー!!?」
「ッちょ、志麻くん大声で何言うてんの!?!」
俺の大きな声で尋ねた言葉にセンラが慌てたように俺とうらたさんを交互に見て焦っている中、うらたさんはハハッと無邪気に笑った。
「坂田に一番に言いたいから、まーしぃには教えてやんない!」
そう言って笑顔で走り出すうらたさんを見て、俺は前に聞いた坂田の言葉を思い出す。
“おれね……おれ………うらさんがすき”
“その先の言葉は…いちばん最初に、センラにだけ、センラだけに伝えてあげて”
“…っやっぱり、うらさんのこと好きだなあ…っ”
その言葉とは裏腹に、笑顔で走っていくうらたさんの姿を見て微笑む。
なぁ、さかた。
うらたさんは、その言葉を一番最初に、お前に言いたいんだってよ。
きっと、もう大丈夫。
お前はきっと、ピエロなんかじゃない。
お互いがお互いだけの、かけがえのない太陽だ。
______________
「まさか、あんなふうにうらたさんが言うなんて思っとらんかったなぁ」
嬉しそうに微笑んで何度も頷く志麻を見つめながら、俺も自然と笑顔になる。
「ふふ、ほんとに、うまくいくとええね」
「……大丈夫や、あいつらなら」
「……そうやね」
微笑みながら返すと、志麻の少し冷えた手が俺の手に触れる。
かじかんであまり感覚が無かった手のひらが、優しい手のひらに包まれて。
「…………志麻、くん?」
その手のひらに驚いて志麻の顔を見ると、耳まで赤くなった顔が視界に映って。
「……今日、もうちょい遅くまで居ようや」
顔を更に赤くしながら目を逸らす志麻につられて、俺の顔もじわじわと熱くなっていくのを感じる。
冬なのに、俺の身体は暖かかった。
「…寒いね、外」
「……そう、やね」
は、と息を吐くと、白くなった空気が冷たい風に流れていく。
この思いが実るのもそんなに遠くないのかもしれないな、なんて思いながら、俺は夜空に輝く星を眺めていた。
___________________
一体どれくらいの時間、重なっていたのだろう。
名残惜しさを感じながら、ゆっくりと重なっていた唇を離す。
瞳に涙を溜めながら、頬を赤らめているうらさんの顔が俺の瞳に映って。
俺はその頼りなくてか細い、愛しくてたまらない体を思わずぎゅうっと抱きしめた。
すると、少し驚いたように身体を固くしたうらさんがすぐに力を抜いて、控えめに俺の背中に手を回してくれた。
そんな仕草でさえも、嬉しくて、愛おしくて。
「……うらさん」
耳元で優しく名前を囁くと、うらさんが小さく肩を揺らす。
くすぐったかったのか、肩をすくめるうらさんに微笑んで、頭をふわふわと撫でた。
「……俺、しょうもないことですぐ嫉妬するし、自分勝手なことばっかやし、うらさんに迷惑かけちゃうかもやけど」
ほんとに、俺でええん?
そう言うと、うらさんは言葉にならずに耐えきれないと言いたげな唸り声を上げて、背中に回した手でギュッと強くしがみつく。
「……っ、俺も…っすげぇめんどくさいし、……っふ、…っさかたが、他の誰かと仲良さそうに話してたら嫉妬しちゃうし、いっぱい…っデートしたいし、いっぱい一緒にいたいし、っわがままだし、……っ、!」
「んふ、それ、ぜーんぶ俺の好きなとこや!」
ぜんぶ、ぜんぶ好きだよ。
俺は腕の中で泣いていたうらさんの腰と太ももを持って、両手で軽々と抱き上げる。
わっ、と驚いたような声を出して、俺より目線が高くなったうらさんを見上げて微笑んだ。
もう、悲しい涙なんて流させないよ。
「うらさんの全部、大切にします。……俺と、付き合ってください」
ぜんぶ、幸せにするよ。
すると、うらさんの瞳からまたキラキラと光る涙が流れて。
でもそれが悲しい涙じゃないことは分かってるから、その涙を見てクスリと笑った。
「……っほんと、に…?」
「んふ、うん。ほんと」
「……っ…おれのこと、すき…っ?」
「……うん。ずっと…ずっとずっと、ずぅっと前から、うらさんだけが好き」
「…っぅ、ぁ、さかたぁぁ…っ」
ぎゅうっ、と強く強く俺を抱きしめるうらさんに応えるように、俺も負けないくらいに強く抱きしめた。
やっと、やっと届いた。
「すき…っさかた、ぁ、すき…っ」
「…うん、っおれ、も好き……っあは、うらさんの涙うつっちゃった」
「〜〜ッふぇ、さかたぁ…っ」
何度も何度も、必死に俺の名前を呼んで好きだと言ってくれるうらさんにもう一度、ちゅ、と音を立ててキスをした。
ずっと触れたくて堪らなかったうらさんが、触れられる距離にいる。
遠かった存在が、こんなにも近くて。
触れられる距離に来てくれたうらさんを、もう二度と離さない。
「…んふ、あの曲、歌ってよかったぁ」
唇を離したあと、涙声になりながらもうらさんに微笑むと、うらさんも同じように微笑んだ。
俺の好きな、大好きなうらさんの笑顔。
「今度……俺も、一緒に歌いたい」
「…!!えへ、そうね。一緒に歌お!」
その時は、君だけのピエロとしてじゃなくて。
お互いだけの、太陽として。
I’m your pierrot. Keep on smiling.
I love you , I love you.
My heart is yours forever.
_______________
After story.
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥‥‥
「……っ、うぁ、……さかた、ぁ……っ、!」
ここは、うらさんの部屋。
うらさんが俺を家に呼び入れてくれて、ソファに座ったまま、ギシリと音を立てる。
緊張した空気の中、うらさんが俺の名前を呼んでくれる。
その声に思わずごくりと喉がなって、ゆっくりと手を伸ばした。
「でもここ、良さそう……」
「ッ、ちょ、ばっ、か………っ!!」
慌てたように声を出すうらさんにクスリと微笑みながら、俺は自分の思った通りに指を動かす。
「ふふ、ほら……ね?」
「っさ、かたあ……っ」
「…っだから、違うってのこのバカ坂田!!!……っ、ああああ゛ッッ!!?!?」
うらさんが大きな叫び声をあげると同時に、テレビから不穏な音楽が流れた。
目の前にはGAME OVERの文字と、うらさんの拗ねたような表情。
うらさんと俺は今、二人仲良くソファに座りながらゲームをしている。
ちょこんと効果音がなりそうな程の可愛さで座っているうらさんが、GAME OVERの文字を見てしまったと同時にボスッ、と音を立てて後ろのソファにもたれかかった。
「もぉ〜っ、だからそこじゃないって言ったのに!」
「でも行けそうやったやんかぁ〜っ!」
「こういうステージはな、慎重に行くんだよ慎重に!」
このゲームに関して知っている当たり前の知識を、淡々とうらさんが伝えてくる。
そんなうらさんも可愛くて、ニコニコと上機嫌に微笑みながらうらさんの顔を満遍なく見つめていた。
つい先日、俺はうらさんと恋人同士になった。
色々あったけど、今うらさんの隣にいるのは紛れもない俺であって。
その現実を、こうしてうらさんと一緒に居る日々で実感できている。
一緒にいるその一日一日が、本当に愛おしくてたまらない。
だけど一つだけ。
ひとつだけ、心に引っかかっているものがある。
(……全然、恋人同士っぽくない、)
そう。以前までのただの相棒であった時と、全くもって何も変化していないのだ。
変わったことといえば、うらさんに恋人がいた時に俺が徹底し続けていた「夜どちらかの家に遊びに行かない」「連絡を頻繁に取らない」とかいったものが無くなって、前みたいに毎日連絡を取りあったり遊びに行ったりするくらいだ。
想いが通じ合ったあの日以来、キスどころか、手さえ繋げていない現状に、俺は最近悩みに悩み込んでしまっていた。
(……あの人とは、もっと………恋人らしいことしてたんかな)
俺を悩ませている、もうひとつの存在。
結果的に俺と結ばれたとしたって、過去にうらさんがあの男と付き合っていたことには変わりなくて。
あの人がうらさんを独り占めできていたのも、2人だけの時間があったことも、その事実は変わることはなくて。
まだその存在に嫉妬してる、なんて言ったら、きっと笑われてしまうだろう。
それくらい俺はみみっちくて、情けない男なんだ。
今だって、過去に見てしまった赤く残ったキスマークの存在を思い出してしまっている。
(……あいつは、うらさんのことどれぐらい知っとるんやろ)
うらさんは、どこまでアイツと。
それ以上のことを想像するのが急に怖くなって、勢いよく頭を横に振る。
「うぉ、……っ、さかた?どうした?」
そんな俺の仕草に驚いたように目を見開いたうらさんが、心配そうに顔を覗き込んでくる。
ねぇ、うらさん。
どこまで、アイツにあげたの。
ぜんぶ、ぜんぶあげちゃった、?
(……っ、いやや、)
きゅ、と唇を噛み締めて、心配そうに覗き込んでくるうらさんをぎゅうっと力強く抱きしめた。
うらさんが手に持っていたコントローラーが、カシャンと軽い音を立てて床に落ちる。
ぜんぶ、ぜんぶ俺のものになればいいのに。
誰にも渡したくない。見せたくない。
俺だけの、俺だけのうらさんになって、
しばらくそのまま力強く抱きしめていたけど、びくともしないうらさんに不安になって、ゆっくりと体を離す。
目を合わせようとすると、これ以上似ないほど真っ赤なうらさんの顔が視界に映る。
ぇ、と思わず声を出すと、慌てたように視線を下に逸らされてしまった。
「……ッ、なに、急に、」
耳まで赤くして、ぼそぼそと独り言のように呟くうらさんにつられて、じわじわと顔が赤くなるのを感じる。
「……うらさん、照れとるん?」
「……っ、な……!!」
俺の言葉にうらさんが勢いよく顔を上げると、至近距離でぱちりと目が合ってしまう。
うらさんはその距離の近さに更に顔を赤くして、うぅ、と唸りながらまた下を向いてしまった。
「……ぎゅーってしただけなんに、?」
「なっ、……!!……ッ、わるい、かよ」
何かを堪えるかのようにわなわなと身体を震わせながら、俺を睨むように見上げてくる。
その睨んだ顔も、俺には可愛い上目遣いにしか見えないわけで。
でも、だけど。
そんな可愛い顔、アイツにも見せてたの、?
「……っ、でもうらさん……あいつとは、これ以上のことしてたんやないん、?」
うらさんのことを先に知られてるなんて。
ふと思う度に、苦しくて辛くて。
俺がもっと早く伝えられていたら。
俺が、一番ならよかったのにって。
うらさんの初めての人になりたかったって。
うらさんへの恋心が実ってから、もっと欲張りになっていく自分が嫌になる。
この想いが通じただけで、これ以上にないくらいの奇跡なのに。
「っあは、なんでもない!ちょっと拗ねてみただけ」
そんなこと聞いて、これ以上のことしてたよ、なんて言われたら、きっと俺の身が持たない。
うらさんのことになると、俺はとことん弱くなる。
へらへらと笑いながら、続きやろ、と声のトーンを元に戻してコントローラーを持とうとする。
「……っ、さかた、!」
「へ?……ぅ、ぉあ、!!?」
うらさんの声に振り向くと、勢いよく俺の胸に向かって抱きついてくる。
いきなりのことに体制が保てず、ボスッ、とソファに倒れ込んだ。
バク、バク、と心臓が大きく響く中、腕の中にすっぽりとフィットしているうらさんの顔を覗く。
「……ッ、う、らさん?」
「…………っ、い」
「……?なぁに、?」
「……っ、俺…さかた以外の人と、こういうことしたいなんて思ったことないよ」
そう言って強く俺を抱きしめてくるうらさんに、俺は自分の情けなさに申し訳なくなってくる。
うらさんに、気を遣わせてしまった。
「…んふ、うん、ありがとぉ」
「っ、それに……!あの人とも、そういうこと、したことないよ」
諦めたように笑う俺に引き下がらずに言ってきたうらさんの衝撃の言葉に、混乱が隠せない。
「っえ、?……あんなに長く付き合ってたんに?」
「……………っ」
「〜〜ッ、キスマ…………キスマーク、つけてたやん、うらさん」
俺の胸に顔を埋めて黙っているうらさんに耐えきれずにそう言うと、パッと勢いよく顔を上げてぱちりと目が合う。
その瞳は、不思議そうな瞳をしていた。
「………キスマーク…?」
「〜〜ッ、とぼけても無駄やで!?つけてきてたやん、うらさん!鎖骨に!!」
あの時、どれだけ苦しかったか。
うらさんから離れたくても、俺は結局離したくなくて。
ネックウォーマーを被せて隠して、でもその後のゲームセンターで、俺はまた傷付いて。
どれだけ説明しても、うらさんは心当たりがないような不思議そうな顔をして首を傾げながら考えている。
そんなうらさんに、苛立ちすら覚えてしまう。
(……キスマーク付けられたことすら気づかないとか、一体普段どんなことしててん)
うらさんから誘ったりしたこともあったのかな。
俺には、一度たりとも誘ってこないくせに。
「…分かった。ええよもう、言いたくないんやろ?」
「ぇ、?……っ違う、待ってさかた、俺ほんとに、」
「ええって。……俺のためにそういうの隠そうとか思っとるんやったら、ほんまに逆効果やからな」
「っ、ちが、……〜〜ッ、さかた…!」
うらさんに押し倒されてる今の状態から元に戻ろうとすると、ぎゅぅ、と強く抱きしめられてしまい身動きが取れなくなる。
「…ごめんなさ…っ、やだ……いかないで…っ」
……ほんとに、君はずるい人。
震えながらも、俺を離さないと言いたげに強く抱きしめてくるうらさんに、さっき抱いた苛立ちよりも愛おしさの方が勝ってしまう。
俺だって、こんな風に喧嘩したいわけじゃない。
くだらない嫉妬でうらさんを困らせて泣かせたりなんかしたら、俺は自分が自分を許せない。
大事にするって決めたこの長年の恋心と、それを受け入れてくれた大切な宝物。
(……大事にしたい)
この気持ちはきっと、ずっと変わることはないだろう。
ふぅと息をついて気持ちを落ち着かせ、震えているうらさんの背中をぽんぽんと優しく叩く。
「………もぉ〜………大丈夫、どこにも行かへんよ、うらさん」
「っだって、さかた、怒って」
「…ちょっと妬いちゃっただけ。うらさんのことになると、色々我慢できんくて」
素直にそう言って優しく頭を撫でると、うらさんはその手のひらに心地よさそうにしながら、抵抗もせずに受け入れる。
溶けそうなくらいにべったりなうらさんに、この前見た眠そうなハムスターが撫でられてる時の姿にそっくりだ、なんて思わず笑いそうになる。
「…でも坂田、ほんとにわかんないんだけど」
「…んー……じゃあ、寝てる時とか…無理やりに、とか、?」
「それは絶対にない」
「………そんなん分からんやん」
はっきりそう告げてくるうらさんに、俺は少し拍子抜けしてしまう。
でも、だって、本当はどうだったか分からないのに。
腕の中で必死に思い返しているうらさんをただただ見つめて、それにさえも嫉妬の気持ちが芽生えてしまう。
(…俺とおるんに、過去のこと思い出して欲しくない)
言い出したのは、俺からなのに。
「……あっ、もしかして」
すると、思い出したかのように目を開けて俺を見つめた後、そっも自身の鎖骨を指さす。
「ここにあったやつ、?」
「〜〜ッ、そうですーっ!!そこにあったやつですーーーっ!!!」
もう俺も限界だったようだ。
大声でそう言った後にそっぽを向いて頬を膨らませていると、うらさんはやがて可笑しそうにくすくす笑ってきた。
「…っな、なにがおもろいねん」
「いや、ふは、さかちゃん、あれキスマじゃないよ」
「…………え、違うん?」
「ふふ、うん。あれ火傷だもん」
「………っはぁ、やけどぉ、!?」
鎖骨に火傷なんて、頭の悪い俺では髪の毛をセットする際にコテを使って火傷するくらいしか想像できない。
だけどうらさんは何か大事なことがある時以外髪の毛をセットしないはずだし、あの時も深く帽子を被っていたからセットなんてしていないはず。
こんな状況になってまで嘘つく人じゃないってことは俺も分かってる。
必死に何かを伝えようと口を動かすうらさんの話を、俺は黙って聞くことにした。
「………その時も、俺があの人との気持ちに向き合えなくて」
ぽつり、ぽつりと、うらさんが視線を下げながら話す。
「……本当に俺が好きなのかって言われて、何も答えられなくて」
「…………」
「……何も答えられない俺に、多分嫌気がさしたんだと思う。いきなり肩、掴まれて。………キスされそうになったんだ」
それを俺が拒んだから、あの人が手に持ってた煙草の火が鎖骨に当たったんだよ。
うらさんの言葉を、俺は頭の中で何度も繰り返す。
「………なんで、答えなかったん…?」
単純な疑問を素直にうらさんにぶつけると、うらさんは顔が赤くなるのを隠すかのように腕の中に顔を埋めた。
「…そんなの……坂田が好きだったからじゃん…」
言わせんな、と呟いて顔を隠すうらさんに、俺の顔はだんだんと熱くなっていく。
(………っ、な、か、かわいすぎやろ……!)
ついさっきまで感じていた嫉妬心はあっという間に無くなり、うらさんのあまりの可愛さに脳で処理できる容量が追いつけなくなる。
ぷしゅぅ、と故障する時に鳴る音が思わず頭から出そうになりながらも、この感情をどうにかして押さえつけていると、どこか視線を感じて顔を隠している手のひらを離す。
すると、うらさんが不安そうに俺を見つめている姿があって、俺も自然と目を合わせた。
「………ごめん、」
「…ぇ、?……っいや、俺がただ単に勘違いしたアホなだけやから。うらさんは何も、」
「…でも、……誤解、させたから」
そんなの、俺が拗ねてただけなのに。
するとうらさんがゆっくりと手を伸ばして、俺の頭をふわふわと撫でてくる。
「………俺、さかた以外に、こういう風に触れられたいとか、触れたいって思ったことないよ」
「…ほんとに?」
「ふふ、うん。ほんと」
俺が、相当拗ねた顔をしていたのだろうか。
うらさんはそんな俺に優しく微笑みながら、ずっと 俺の頭を撫でてくる。
その手がやけに心地よくて、俺は自然とうらさんの腰に回している手を強めた。
「…へへ、うらさんの手気持ちぃ〜……」
その温もりを感じながら、俺はゆっくりと目を閉じてうらさんの手のひらに身を任せる。
俺は、この手のひらが安心して大好きだ。
小さくて細いのかと思いきや、案外大きくて、冷え性なのか少し冷たくて。
そんなところですら好きが溢れて、心地よくなる。
目を閉じてその幸せを噛み締めていると、うらさんが前髪を上げてきたかと思いきや、ちゅ、と音を立てて額にキスをしてきた。
「…っぇ、……?う、らさ」
その音に驚いて目を開けると、至近距離で俺を見つめていたうらさんとぱちりと目が合う。
少し恥ずかしそうに目を逸らしたうらさんが、もう一度熱の篭った瞳で俺を見てきて。
どくん、と心臓が大きく高鳴るのが分かる。
「………こういう雰囲気、恥ずかしくて。なかなか恋人っぽい雰囲気作れなくてごめん」
「………うらさん……」
潤んだ瞳を大きく揺らしながら、うらさんは続ける。
「………俺、まだ坂田と…その、恋人、なんて、……全然実感なくて」
「…ふふ、うん」
「…ほんとは、キス、も、……坂田が初めて」
へへ、と何かを誤魔化すかのように下手くそな笑顔で笑ううらさんに、俺の心に溜まっていた気持ちが溢れ出す。
俺がぜんぶ、ハジメテ。
「………うらさん」
いつのまにか潤んだ瞳に溜まっていた涙を優しく拭いながら、名前を呼ぶ。
赤らんだうらさんの頬に両手を添えて、顔をゆっくりと近付けた。
ちゅ、
唇を重ねると、ぴく、と体を少しだけ震えさせた後、身を任せるように服を握ってくれた。
触れるだけの唇が、どうしてこんなにも愛おしく感じるんだろう。
少し震えているうらさんの頭を優しく撫でて、ほんの少しだけ深く唇を重ねた。
しばらく重ねていた後、触れるだけだった唇がゆっくりと離れる。
「…………っ、……さかた…」
ついさっき拭ったはずの涙がまたポロポロと流れて、俺の顔に落ちてくる。
「……好きだよ、うらさん」
そんな言葉は、うらさんの涙を止めるには逆効果のようで。
溢れて止まらない涙を止めるようにもう一度顔を近づけて、少し赤くなった目尻に何度もキスを落とす。
「…っ…ん、さかた」
「んふ、くすぐったい?」
目尻、頬、鼻先、額、瞼、睫毛。
全部が愛おしくて、そのひとつひとつにキスの雨を降らした後、ちゅ、と軽く唇に触れた。
すぐに離れて、ふふ、とうらさんに微笑む。
「…俺も全部、うらさんが初めてやから。一緒に慣れていこうな」
「………うん」
そう言って微笑むと、うらさんも安心したように笑う。
うらさんの幸せな笑顔は、いつだって隣で見ていたいから。
だからこれからも、ずっと隣で。
2人でくすくす笑いあっていると、その空気を打ち切るように机の上に置いていた携帯の着信音が鳴る。
鳴っていたのは、俺のスマホだった。
それに気づいたうらさんが俺から離れてしまい、さっきまであった温もりが無くなってしまったことに少しだけ勿体なく感じる。
うらさんからスマホを受け取ると、その着信の相手は志麻からだった。
いつも変なタイミングで電話かけてくるなぁ、なんて思いながら、応答ボタンをタップして耳に近づける。
「もしもし、まーしぃ?」
『あ、さかた?今一人?……ちょっとさ、相談したいことあんねんけど』
いつもとは少し違う真剣な声で電話越しにそう言ってくる志麻に、緊張が走る。
近くで様子を伺っていたうらさんにごめんと手で伝えると、優しく笑ってこくんと頷いてくれた。
それを確認した後、俺はリビングから出て廊下へと向かう。
「……どしたん、?」
『ちょっと、ビデオ通話にしたいんやけどいい?』
「はぁ〜?……まぁええけど、」
何かあったのだろうか、なんていう不安と心配の思いは、次の一言で無駄なものになる。
ビデオ通話に切り替わると、志麻が持っていたのは2つの洋服だった。
『これとこれ、センラやったらどっちがええと思う?』
浮かれた様子で聞いてくるその言葉に、俺は心配して損した、とため息をついた。
「誕生日プレゼントにしては遅すぎん?」
『ちゃうわ!!!クリスマスプレゼントや!!』
「……あぁ!!クリスマスかぁ」
そういえば、もうそんな時期だっけ。
毎年バースデーライブと年末ライブで大忙しで、あまりクリスマスのことを意識したことがなかった。
志麻の言葉で、クリスマスという一大イベントがもうすぐ訪れることに気付かされる。
『坂田はなんか買わへんの?うらたさんに』
「……えぇ、?」
『付き合って初めてのクリスマスやろ?せっかくなんやから、2人の時間作ったらええやん。うらたさん大喜びするで絶対!』
坂田が誕生日のときも、ライブであんまり時間作らんかったんやろ、と釘を刺されてしまう。
確かに誕生日も、電話でおめでとうと言われただけで終わってしまった。
0時になった瞬間も配信をしていたから、すぐに返せる暇もなかったし。
その前にプレゼントは既に貰っていたし、特に何も思ってはいなかったけれど。
(……恋人やったら、そういうイベントも大事なものになるんだ)
今まで、何気なく過ごしてきたひとつひとつのものが、恋人と一緒に居られる口実になるんだ。
恋人っぽくなれなかったのは、そうしたイベントに関心を持っていなかったからかもしれない。
付き合ってから、初めてのクリスマス。
『うらたさんのこと、とびきり喜ばせたいやろ?』
志麻には、いつも大切なことを気付かされる。
頼りになる兄的存在である志麻に、ありがとう、と素直に感謝した。
『っていうわけで、これ!どっちがええ?』
すると、すっかり忘れていた本題に戻されてしまう。
センラの好みも服のセンスも知らないおれは、志麻のキラキラした声と目に困ってしまう。
「なんで俺に聞くねん、分かるわけないやろ!」
『俺やって分からんから聞いてんねん!!』
「えぇ〜……?……あ、うらさん今リビングにおるから、うらさんに聞いてみれば?」
『なんや、うらたさんと一緒におったんかいな』
早く変われと急かす志麻に溜息をつきながら、リビングにいるうらさんの所へと向かう。
俺があげたぬいぐるみのひとつを膝に乗せながらスマホを触っていたうらさんが、近づいた俺の足音にパッと顔を上げる。
「さかた!電話終わった?」
すぐにソファから立ち上がって、どことなく嬉しそうな顔をしながら駆け寄ってくる。
(〜ッなんなんもう……かわいすぎやろぉ……)
傍から見たら、ただのバカップルに過ぎないだろう。
許してほしい。まだ付き合いたてで、キスもまともにできなかったくらいに純粋な俺たちなんだ。
悶えている俺にお構い無しに、放置していた俺のスマホから志麻の声が響く。
『うらたさーーん!!これとこれ、どっちがええと思う?』
「…ん?まーしぃ?あれ、まだ電話してた?」
「あぁ、忘れとった、」
『忘れんなや!!!』
電話越しに騒ぐ志麻に笑いながら、うらさんにも見えるように画面を映した。
「センラへプレゼントしたいんやって。俺全然わからんから、うらさんに聞いた方がええかなって」
「センラへのプレゼント!?いいじゃん!!任せろ、この俺様が選んでやる」
『うらたさんかっこえーーー!!』
そんな茶番を繰り返しながら、2つの服を見て必死に考えるうらさん。
『こっちはな、生地がもふもふでめっちゃ暖かいやつでな、んでこっちがな、』
志麻が2つの服に関して熱弁をする中、しばらくした後うらさんがひとつの服を指す。
『こっち?』
「センラはこっちの方が絶対似合うと思う」
うらさんの自信満々な言葉に、じゃあこっちにする!と嬉しそうな声で志麻が返した。
『ほんまありがとうな〜!ほなまたな〜!!』
さっきまであんなに悩んだ顔をしていたのに、決まってしまえば風を切るかのように素早く通話を切られる。
ツー、ツー、と通話が切れた音と一緒に取り残された俺とうらさんは、お互いにクスリと笑った。
「ッふはは、まーしぃめっちゃ急いでたね」
「血相変えてどっちがええ!?!?って言ってくるまーしぃおもろない〜?」
「ははっ、ほんとセンラのことになると周り見えないやつだよな〜」
どうやら、うらさんも志麻の気持ちに気づいているみたいだった。
それもそうか。あんなの、気づかない方がおかしい。
ケラケラ笑いながらソファに座ったうらさんを見たあと、俺もうらさんの隣に座った。
“うらたさんのこと、とびきり喜ばせたいやろ?”
うらさんの、笑った顔が見たい。
その笑顔が、俺のおかげだったら尚更。
「…あのさ、うらさん」
「んー?なぁにさかちゃん」
志麻に頼られたのが余程嬉しかったのか、上機嫌に笑いながら首を傾げてくるうらさんに、今さっき志麻のおかげで決断したことを意を決して伝える。
「…24か25日って、空いてたりする?」
変に意識しすぎたら変に思われるかも、なんて思うのに、口に出た言葉は明らかに緊張していて。
こうやって何かに誘ってくれてたのは、いつもうらさんのほうだったから。
受け身ばかりな俺がこんなこと言うなんて、きっと明日は嵐でも来るのか、なんて茶化されそう。
「…っ、空いてる!!!」
そう思っていたのに、実際は全然違った。
何度も強く頷きながら、俺の手をぎゅう、と強く握ってくる。
喜びを確かめるみたいに、何度も何度も。
そんなうらさんに身体が安心したのか、一気に肩の力が抜けてしまった。
「っあ、でも、24日って確か俺ら、そらまふうらさかで配信予定だったよな……だから、ぇっと、25日は……っ、」
慌てながら俺の手を離した後、急いでスマホで予定を確認するうらさんに、思わず笑ってしまう。
「んふ、うらさんゆっくりでええよ」
「……っあ、25日、!空いてる!!空いてるよさかた!!」
空いてると分かった途端、嬉しそうに目を輝かせながらスケジュールを見せてくるうらさんに、愛おしさで笑いを込み上げながら頭を撫でる。
「んふ、うん。25日、どっか行かん?」
「〜〜っ、行く!!絶対行く!!!」
「あは、うれしーっ」
俺の言葉にうらさんは何度も頷きながら、スケジュールの25日に文字を打つ。
『さかたとデート』
そう書かれた文字がわずかに見えて、そんなに喜んでくれるんだ、と思わず嬉しくなってしまう。
「ふふ、そんな喜んでくれるなんて思っとらんかった」
「……坂田からの誘い、俺が断るわけないだろ」
「あはっ、ほんとぉ?」
「……っ、ぅ、れしい、」
「……もぉ〜、泣き虫さんめ」
おいで、なんて言いながら手を広げると、すぐにその腕の中に入り込んでくるうらさんを抱きしめる。
グズグズ音を立てながら背中に手を添えてくるうらさんが可愛くて、瞼にそっとキスを落とした。
「……クリスマス、」
俺も誘いたかったんだ、と涙を浮かべながらも幸せそうに微笑むうらさんを、ぎゅうっと強く抱き締める。
「………俺も、うらさんと一緒にいたい」
これからも、たくさん色んなところ行こうね。
耳元でそう言うと、背に手を添えたうらさんも笑って頷いてくれた。
_______________________
待ちに待った、12月25日。
キラキラと光り輝くツリーの下で、俺、うらたはもうすぐ来るであろう恋人の坂田を待っている。
さすがクリスマス当日ということもあって、昼なのに人通りがいつもより多い。
カップルだと思われる人達も楽しそうに笑っていて、見ている側もどこか心が弾んだ。
(……前まではリア充撲滅!!なーんて思ってたのに……今じゃ俺も、そのリア充の仲間入りなんだよなぁ)
たった一年経っただけなのに、こんなにも大きく人生が変わるなんて。
さかたと2人でどこかに出かけることはあっても、恋人同士なんて感覚は当たり前だけど無くて。
俺の誘いには迷わず受け入れてくれて、誘ったから来てくれてる、くらいにしか俺も思っていなかったけど。
まさか、坂田から誘ってくれるなんて。
(……やばい、思い出したら変な顔になりそう)
今日くらい、浮かれてもいいだろう。
朝からずっと心がふわふわし続けている俺は、今人生でいちばんの幸せを噛み締めることができているのかもしれない。
(……さかた、まだかなあ)
手に持っていたスマホを見ると、まだ集合10分前。
一応“着いた”と連絡は入れてあるけど、それもまだ既読にはなっていない。
あいつのことだから、きっとまた遅れてくるんだろうな。
そんなことを思いながらも、浮き足立った気持ちは減るどころか増していって。
こうして坂田を待っている時間も、すごくすごく楽しい。
昨日は毎年恒例そらる、まふまふ、俺たちの4人で集まってカメラ配信をした。
実は、坂田と25日の約束をしたあの日からお互い忙しいせいで1度も会えていなかったのだ。
声を月ラジや会議で聞いて、元気そうだなと安心するくらいだった。
それが昨日、久しぶりに坂田に会えたのが思っていた以上に嬉しかったらしく、気づけば俺はずっと坂田の隣を陣取っていた。
坂田がソファから床に座ったら俺もさりげなく床に座ったり、床からソファに戻ったら自分も戻ったり。
坂田が何かを取りにカメラから離れると、俺も手伝うと口実を作って一緒について行ったり。
傍から見たら、まるでアヒルの親と子のようだったと思う。
坂田もそんな俺の様子に気づいていたのか、配信の画面上から離れて、そらるさんとまふにも見えないところまで行くと、振り向いた坂田がぎゅ、と俺の体を抱きしめてくれた。
いきなりのことに驚いて思わず声を出してしまいそうだったけど、慌てて口を抑える。
「んふ、ふへへ、うらさん、めっちゃかわええんやけど」
配信に音が乗らないようにするためか、坂田が耳元で小さく囁いてくる。
坂田の声が特段に好きな俺は、その声だけで顔を赤くしてしまって。
「…んふ、うらさん顔真っ赤やん!もぉ〜かわえぇなぁ、」
「〜〜ッ、……からかうな、!」
わなわなと震えている俺のどうしようもなく赤く染まった顔に笑いながら、ちゅ、と俺の頬にキスをしてきた。
「…明日、楽しみだね」
ほんとに、さかたはずるい。
そんな甘い顔で、俺を見ないで欲しい。
まだ、お前の愛には慣れてないんだ。
諦めていた気持ちが、こうやって繋がるなんて思ってなかった。
俺が泣いたら、泣き虫だと言って君は笑うけど。
こんなにも嬉しくて泣くのは、全部さかたのせいなんだよ。
俺の涙を拭って、優しく微笑んでくれる坂田が、ほんとにほんとに、好きなんだよ。
(………たのしみだなあ)
昨日のことを思い出しながらじわじわと増していくこの嬉しさに、口角の上がりが抑えきれなくて。
一人で微笑んでいると、急に視界が遮られた。
「っ、ぇ、な」
「んふ、誰でしょう〜っ」
すぐ後ろから聞こえてきた大好きな声に、俺は笑う。
分からないわけない。間違えるわけないじゃん。
「さかた!」
自信満々にそう答えると、俺の視界を遮っていた手がゆっくりと離される。
「正解!」
すぐに振り向くと、俺が待ちに待っていたさかたが、俺を見て優しく笑っていて。
俺はあまりに嬉しくて、大好きな笑顔を浮かべている思いきり抱きついた。
うぉ、と驚いたような声を上げながらも、しっかりと受け止めてくれて。
「ふは、もぉ〜びっくりするやん〜っ」
「んへへ、さかちゃんおはよう」
おはよう、と返してくれる坂田の身体をぎゅぅ、と強く抱き締めた後、外のためすぐに腕を離す。
甘くふわふわした気持ちで坂田を見つめていると、坂田の服装を見て目を見開いた。
「っさかた、それ、その服」
坂田が着ていたのは白いスウェット。
胸のところには、緑色の葉っぱがワンポイントでついている。
俺が、ついこの前あった誕生日プレゼントで坂田にあげたものだった。
「ふふ、そうよ〜!うらさんが誕生日プレゼントでくれたやつ」
せっかくやから着てきちゃった、と言って笑う坂田に、俺は嬉しくて泣きそうになるのを慌てて抑えた。
こんな人の多いところで泣いてしまったら、きっと注目されてしまう。
せっかくのデートなのに、注目されるせいで中止なんてことはしたくなかった。
そう思うのに、自分の選んだ服を選んで着てきてくれた坂田に嬉しくなって、にやけそうな顔を少しだけ隠す。
「…っ、かっこいいじゃん、」
「ほんまーっ?んふ、うらさんセンスええからなぁ」
「やっぱりさかた、白似合う」
「うらさんも今日の服、めっちゃかわええなぁ」
照れくさそうに笑いながら自分のことも褒めてくれる坂田に、きゅぅ、と胸が締め付けられる。
今日の俺の服は、さかたと同じで白が多く含めたコーディネート。
坂田は黒で来るだろうと想像していたから、シミラールックに見えたら可愛いかな、なんて昨日解散した後に悩んで決めたものだった。
まさか坂田が俺の選んだ服を着てくれるなんて思ってもいなかったけど。
「行こっか、うらさん」
「ん、!」
「んー……はい、どうぞ」
少し考えた素振りをした後、照れくさそうに手を差し伸べてくる坂田に、俺は少し戸惑ってしまう。
うそ。さかた、そんなことまでしてくれるの?
「…ん?あ、手、嫌?」
「ぇ、ちが…っ!…えっと、その」
さかたと手を繋いで歩きたい。
それは俺がずっと願っていた思いのひとつで。
(……でも、男同士、なのに)
それと同時に、周りの目が決して気にならないわけでもなくて。
さかたも、無理してやってたりしないかな。
さかたから、手を繋ぎたいって思ってくれてるのかな。
「…今日はクリスマスやし、みんな他人のことなんて見とらんよ」
「…………」
「…っていうのは建前。……ごめん俺、思ったより浮かれとるんかも」
恥ずかし〜っ、なんて照れたように笑う坂田に、俺は目を見開く。
さかたも、俺と一緒の気持ちだったんだ。
俺と手を繋ぎたいって、思ってくれてたんだ。
手を戻しかけている坂田の手のひらを慌てて握って、きゅ、と手を握る力を込める。
「…て、あせ、…すごかったらごめん」
「……!んふ、ええよ〜俺も普通に手汗やばそう。……無理に繋がんくてもええよ?」
「……っ、やだ。繋いだんだから繋ぐの!」
まだ不安そうにしている坂田を無視して坂田の手を引っ張って歩き出すと、ついてきた坂田との距離がいつもより近くて。
その距離が嬉しくて、ちら、と坂田を見上げると、ぱちりと目が合う。
目が合った後、ふわりと甘く微笑んで、なぁに?なんて甘い声で聞いてくる。
この人が、俺の『恋人』なんだ。
それを実感できるのが、本当に嬉しくて。
さっきまであんなに気にしてた周りの目なんて、もう気にする余裕もなかった。
坂田に少し体を寄せると、くすくすと笑いながら坂田も同じように近づいてくれた。
さかた。
だいすきだよ、さかた。
ずっと好きだった。叶わないって思ってた。
でも、さかたも同じ気持ちだったんだね。
_________________________
「__うらさん、俺予約してるとこあるんやけど、最初そこ行ってもええ?」
手をつなぎながら歩き始めると、坂田にそう尋ねられる。
そんな坂田と握っている手のひらは、しっかりと繋がっていて。
初めての感触も、坂田の体温も、全部嬉しい。
あったかい。
「…ぇ、昼ごはん?」
「ん〜昼っていうか、デザートみたいなやつやなぁ」
さかたが店を予約するなんて、見るに見ない光景だった。
いつもそういうことをするのは、俺の方だったから。
しかも、坂田があんまり自分から食べないスイーツ系と来たら、俺のために予約してくれたんだと確信して、あまりの嬉しさに手をきゅ、と無意識に握ってしまう。
「もうそろそろやと思うんやけど…っあ、これや!着いたでうらさん」
坂田の言葉に、俺は坂田から視線を前に移すと、見覚えのある店が目の前にあった。
「…っ、え、ここ、俺がずっと行きたかったとこ…!」
うそ。なんで。
困惑しながら坂田を見ると、得意気に微笑んだ。
「そんなんうらさんの行きたいところなんて把握済みよ〜っ!……なぁんて言いたいとこやけど、この前うらさんがこの店のことスマホで見とるの、たまたま見えてん」
「っでもここ、いつも予約いっぱいで」
一体どうやって予約したの、と聞くと、坂田はニヤッとまた得意気に笑った。
「んへへ、もうとにかく頑張った!」
「……っ、」
「ほんとはもっと早く誘える予定やったんやけど、俺こういうの全然できらんから思いの外手こずっちゃって。クリスマスの日に取れた時は奇跡かと思ったわ」
そう言いながら嬉しそうに笑う坂田に、俺は気持ちが溢れてきて、手を繋いでいる反対の手で坂田の服の裾を掴む。
坂田の腕にしがみつくみたいな形になってしまって、驚いている坂田に構わずそのまま顔を埋めた。
坂田が、俺のために。
こんな慣れないことしてまで、俺のこと。
“……ごめん俺、思ったより浮かれとるんかも”
うれしい。
俺、こんなに幸せでいいのかな。
「…んふ、なあにうらさん」
きゅ、と腕に抱きつきながら今にも泣き出してしまいそうな俺に、坂田が優しく頭を撫でてくれる。
「…ありがと、坂田」
「あは、こちらこそ一緒に来てくれてありがとぉ」
照れるなぁ、なんて笑うその声が甘くて優しくて。
またひとつ、想いを実感する。
‥‥‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥
「うらさんどれにする?」
席につくと同時にメニュー表をもらうと、美味しそうなスイーツが盛りだくさん。
そんなスイーツを見て、うわぁ…!!と歓喜の声を溢れ出すうらさんが可愛くて思わず笑ってしまう。
「ははっ、いっぱい美味しそうなのあるねぇ」
「……っやばい、どうしよう坂田、全部食べたい!!」
「んふ、そうねぇ」
俺の言葉に嬉しそうに頷いて、悩んだり目を輝かせたり、コロコロと表情が変わるうらさんを、俺は見飽きることなくじっと眺めていた。
「どっちにしよう…さかた、どっちがいいと思う?」
「んー?どっちも食べたらええやん」
「はぁ?ばかかよサイズ見たか!?おっきいやつ!これ2個も食べたら他のやつ食べれないって」
興奮した様子でメニュー表を俺の顔に近づけてくるうらさんに、わかったわかったと宥める。
どうやら迷っているのは、バナナかイチゴのパフェからしい。
確かにパフェを一人で2つ食べるのは重いものだと思った。
「あのな、この2個のパフェもともとネットで見てて、クリスマスまでの期間限定だって書いてあったんだよ。しかもこれに付けるトッピング、ツリーのクッキーをパフェの上に乗せれるんだけど、ランダムでツリーの上が星じゃなくて大きい赤色のハートになってるやつがあるらしいんだよ!」
絶対当てたい!!と興奮した様子で意気込むうらさんの必死さにクスリと笑みを零す。
「んふ、その赤いハートが欲しいん?」
「当たり前だろ!だって赤色……あかいろ、だ、し」
嬉しそうに言ううらさんが、急に目を泳がせて顔を真っ赤に染める。
ほんま、どんだけ可愛いと思われたら気が済むんやろ。
「へぇ〜……赤色だから欲しいん?」
いたずらっ子のように笑いながら問いかけると、うらさんは更に顔を赤く染めながらわなわなと震え始める。
「…っ、うるせぇ!」
「えー?違うん?嬉しかったんに」
残念、違うんだ。とわざと小さく呟くと、うらさんが慌てて首を横に振った。
「ち、ちが、……っ赤色だから………ツリーが緑で、ハートが赤だから…俺たちの色だ、とか思ったりして」
「……ふぅーん?」
「……っ、ひいた、?」
だんだん声が小さくなっていくうらさんに、俺は愛おしく思いながら笑った。
「なわけないやーん!せっかくやし2つ頼んで、半分こしようや」
俺の言葉に目を見開いたうらさんが、やがて嬉しそうに微笑んで頷いた。
他の食べたいものもようやく決め、しばらく他愛のない話をしながら待っていると、すぐにたくさんのスイーツが届く。
お待ちかねのパフェは、もう少し後で届くらしい。
「…ッす、すげぇ…!!」
目をキラキラ輝かせて写真を撮るうらさんを見て、俺は口角が上がりまくっていた。
可愛い。こんな可愛いうらさんを独り占めできるなんて、しかも恋人だなんて、どれだけ神に感謝してもしきれない。
「さかちゃん、こっち!こっち見ろ!」
心底穏やかな気持ちで満たされていると、突然うらさんに名前を呼ばれたかと思いきや、俺にスマホを向けてくる。
「っえ、なに俺ピンで撮るん?!」
「早くなんかスイーツ持って!」
未だに興奮した様子のうらさんに急かされ、慌ててショートケーキとモンブランが乗ったお皿を持ってカメラに目を向ける。
パシャ、パシャパシャ、とこれでもかというほど何回もシャッター音がなり、俺がそれに合わせて表情を変えたりすると、ケラケラと楽しそうに笑ってくれる。
しばらくして満足したのか、ありがと、言った後写真を嬉しそうに見返している。
「うらさんも写真撮ろうや」
そう言って俺のスマホをカメラ設定にすると、うらさんは恥ずかしそうにしながらもポーズを取ってくれた。
スイーツを求めてここにきた女の子達よりも女の子なのかもしれないと思われるほどに、うらさんは可愛い。
何枚か撮った写真を確認して、やっぱり世界一可愛いな、なんてさっき思ったことに訂正を入れた。
机に並べられたたくさんのスイーツを2人で分け合いながら食べていると、パフェを持った定員が近づいてくる。
それに気づくと、うらさんは慌てて両手で顔を隠した。
「さ、さかた、ハートある?」
少し緊張したような声に、定員と俺は顔を見合わせて笑ってしまった。
「ちょっと待ってなぁ」
店員にお礼を告げた後、2つのパフェを確認すると思わず目を見開く。
ひとつパフェをうらさんの前に置き、もう片方のパフェを自分の方に寄せた。
「うらさん、目開けてみ?」
俺の言葉に、うらさんが躊躇いながらもゆっくり目を開けると、目の前にあるパフェの上の赤いハートを見て俺と同じように目を見開いた。
「〜〜っ、赤!」
目を輝かせながら俺の顔とパフェを何度も交互に見るうらさんに、あははっ、と声を上げて笑った。
実はついさっきうらさんがこのパフェについて熱弁していた時に店員がくすくすと微笑ましそうに笑いながら横を歩いていたから、もしかしたら、なんて期待をしていたけど、ここの店員さんは心優しい人ばかりなようだ。
レビューは迷うことなく星5つやな、なんて思いながら、喜んでいるうらさんを見つめる。
「んふ、よかったなぁ」
「ん、ん!さかた、これも!!写真!」
「えぇまたピン〜?もぉ、はいはい」
そのパフェを受け取って、うらさんのカメラに向かって満面の笑みで応える。
撮り終えると、そのままスマホを持ったうらさんが俺の方のソファに来て、内カメラを向けた。
「顔隠すからさ、Twitterあげてもいい?」
「んふ、ええよぉ」
パフェが見えるように俺とうらさんの間に移動させながら、あることを思いついてそのままその行動に出る。
内カメラなおかげで、かなりうらさんとは至近距離だ。
それをいいことに、俺はうらさんの頬にちゅ、とキスをする。
それと同時に、パシャッとカメラの音が鳴って。
周りから小さな歓声がおきたが、それは敢えて聞かなかったことにしておこう。
案の定、真っ赤な顔で俺を見るうらさんに、俺はまた笑った。
さすがにこれは公に載せられないから、もう一枚撮り直したけど。
お互い少しだけ顔が赤くなってしまっているのは、どうか誰にも気づかれないようにと願いながら。
‥‥‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥
その後、映画や買い物、夕飯を一緒に食べたりした。
全部恋人になる前もしたことがあったけど、どれも以前とは違う楽しさがあって。
お互いのクリスマスプレゼントも渡しあって、お互い笑いあったりなんかして。
そんな楽しい時間はあっという間に過ぎていって、気づけば空が暗くなっていた。
別れる駅が近くなるにつれて、名残惜しそうに握っている手を強くされて、俺もきゅ、と強く握り返した。
「ね、うらさん」
「……?」
「今日、これから俺の家来てや」
こんなに可愛いうらさんを、このまま帰らせる選択肢など俺にはなかった。
「……っ、いいの、?」
「明日うらさん何も予定ないやろ?せっかくやし泊まってって」
「っ、泊まる、!……っぁ、でも俺、服とか何にも」
「んふ、そんなん俺の着たらええって」
俺の言葉にゆっくりと頷いたうらさんが、俺の手を握る力をきゅ、と強くして。
その手がさっきよりも暖かくなったように感じて、俺はクスリと笑った。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥‥
「さかちゃん、おふろありがと」
水滴をぽたぽたと垂らした髪をタオルで拭きながら、火照った頬をしたうらさんが微笑む。
俺の服を貸したせいで、そんなうらさんの胸元はいつもより空いていて、鎖骨もあらわになっている。
かなり目のやり場に困ってしまって、うぐ、と何ともならないような声が出た。
もう少し小さいものを渡せばよかったと考え無しな自分に後悔しながら、うらさんに近づく。
「んもぉ、しっかり乾かしてきてって言うたんに」
「さかちゃんがお風呂入った後でゆっくり乾かそうと思って」
だから早く入ってこい、と言われ、半ば無理やりお風呂に入らされる。
しばらくすると、ドライヤーの音が脱衣場から聞こえてきた。
俺がお風呂に入っている間、うらさんがその外でドライヤーを乾かしている。
(……なんか、同棲っぽい。……なんちゃって)
ドライヤーの音に一人で嬉しく思いながら、ガチャ、と音を立ててシャワーヘッドを手に取った。
「おまたせ、うらさん」
ドキドキ、ソワソワ。
落ち着かない気持ちをどうにか抑えようとソファでスマホを見ていると、お風呂から出てきた坂田が俺の隣に座ってくる。
既に髪も乾かしてきたようで、いつもよりふわふわな坂田の髪を見て微笑んだ。
「さかちゃん、髪の毛ふわふわ」
「んー?何回も染めとるから傷んどるけど」
「ふへへ、俺もぉ」
お風呂に入ったからか、お互いさっきよりもふわふわした気持ちになっているのが分かって、それが少しくすぐったい。
雰囲気も恋人っぽくて、俺はそれが嬉しくて坂田の髪の毛を撫でながらくふくふと笑った。
「…お!ツイートしたん?」
すると、俺と同じようにスマホを見ていた坂田が、俺のアカウントの投稿を見て気づいたようだ。
坂田とのパフェの写真(もちろん顔は隠してるし、2枚目に撮った写真)と、坂田単独の両手にケーキの皿を持っている写真、おそろいで買った靴と服の買い物袋を持っている写真と、夕飯の写真。
あまりに充実した一日で、今日のことをたった4枚に厳選するのが大変だった。
今回は坂田の単独の写真もあるし、坂田家に特別サービスしてしまった。
もっと可愛い坂田の写真はたくさんあるけど、それは絶対にみんなには教えてあげない。
【さかちゃんとクリスマスデート】
そんな文章を付けて投稿すると、いつもより倍のスピードでいいねがついた。
坂田がお風呂から戻ってくる頃『うらさかデート』というトレンドも入ってしまうくらいには、俺たちのデートは影響力のあるものみたいだった。
『坂田さんもうらたさんも幸せそうすぎる、ご馳走様でした、、』
『さかたさんかわいい〜!!!』
『袋でそのプレゼントがハイブランドなの丸わかりです』
ツイートしたリプ欄を眺めると、羨ましがる言葉がたくさん溢れていて、俺はとても満足していた。
俺が知らないところで、今夜は宴だ、などと騒がれていることは知らずに。
「返信しよ〜」
そう言って坂田がTwitterを開き、文字を打ち始める。
【何回も予約挑戦した俺は偉い。めっっちゃあまかった】
【さかちゃん何でもやってくれるし何でも買ってくれる】
【パパ活?】
【さかたパパ大好き♡】
【いきなり隣にいたうらさんに殴られた。DV男だ】
【ん?】
【うらた様大変申し訳ございませんでした。】
「ふ、あははっ」
くつくつと笑いを堪えきれないでいると、坂田も笑い返してくれた。
俺たちの画面上での会話がどんどん反応されていく中、俺はそっと坂田の肩に頭を乗せる。
俺、こんなに幸せでいいのかな。
そんなことを思っていると、坂田も俺の方に頭を傾けてぐりぐりと押し付けてきた。
さかたのふわふわした髪が、俺の頬をくすぐる。
「…そろそろ寝る?」
坂田の言葉に、ドキ、と心臓が高鳴った。
家に泊まりに来ないかと言われて何も考えずに泊まりたいと返してしばらくした後、思わず意識してしまったこと。
最近会えない日は続いていたけど、今は恋人同士の雰囲気もあるし。
クリスマス、だし。聖なる夜って、言われてるくらいだし。
(“そういうこと”、するんだよな、)
素直にただ寝るだけだったら、こんな甘い雰囲気にはなっていないだろう。
意を決してこくりと頷くと、優しく微笑んだ坂田が、俺の手をそっと掴んで寝室へと向かう。
当たり前のように一緒の寝室へ連れて行ってくれることに、俺は緊張と喜びでいっぱいになっていた。
ガチャ、と音を立てて寝室に入ると、俺の好きなさかたの匂いが一気に強くなって、余計にこの先のことを意識してしまう。
「……うらさん寒いでしょ、早く入りな?」
坂田にぽんぽんと頭を叩かれ、俺は言われた通り先に布団の中に入る。
ふわ、とまた坂田の匂いを感じて、気を紛らわすかのように坂田の方を向くと、坂田が俺の頬にそっと手を添えてくる。
さかたの顔が、見えなくなるほどに近づいて。
「…うらさん」
目、閉じて、?
その言葉に、ぅ、と小さく声を出しながらも、きゅっと強く目を瞑った。
バク、バク、と心臓の音が鳴り響いて、何も聞こえない。
どうしよう。どうしよう、どうしよう。
俺経験ないし、坂田も男なんて抱いたことないだろうから、果たして上手くいくのかな。
ちゃんと体は綺麗にしたけど、幻滅されたらどうしよう。
いっぱいスイーツと夕飯も食べたせいで、お腹だって出てるかもだし。
あぁもう、泊まるんだったらもっと前から頑張って引き締めておくべきだった、!
ぐるぐるとそんな考えが頭を回っていると、頬に添えられていた手のひらの温度がそっと離れていく。
「目、開けてええよ」
「っ、ぇ、?」
予想外のことを言われてしまい、俺は不安になりながら恐る恐る目を開ける。
すると最初に目に映ったのは、さかたが手に持っている、銀色のリボンで綺麗に包装された真っ白な箱だった。
「…え、これ…」
目をパチパチと瞬きをさせながら坂田の顔を見ると、照れくさそうに笑う坂田と目が合って。
「んへへ。…メリークリスマス、うらさん」
その言葉に、俺は目を見開く。
うそ。だって、プレゼントはさっきお互いに渡しあったはずなのに。
差し出された箱を震えた手で受け取って、また坂田の顔を見ると、開けてみて、と少し緊張した様子で返される。
坂田の言葉に頷いて、ゆっくり紐を解いて箱を開けると、そこには2つの銀色のペアバングルが入っていた。
ひとつは緑の宝石、もうひとつは赤の宝石がそのバングルの真ん中で小さく輝いていた。
「………クリスマスプレゼント、どうしようかなってずっと考えてたんやけど、ネックレスはうらさんいっぱい持ってるやろうし、ピアスも開けてないし、服も靴も、うらさんの方がセンス良いし……なんなら今日、多分一緒に買うだろうなって思って」
「付き合ってすぐに身につける系は重いからダメだ、なんてネットとかにも書いてあったんやけど……これ見て、このちっちゃい宝石の色が自由に選べられるって店員さんに言われた時、お揃いでつけれるのめっちゃええやんって思って」
「俺とうらさん、ライブとかで会えない期間も結構あるし、そんな時にこれ見たら元気でたりするかなぁって思って、……………あれ、?」
くしゃくしゃ、と頭をかきながら照れくさそうに伝えてくれていた坂田が、俯いたまま黙りこくっている俺の顔を覗き込むと、クスリと笑った。
頬にそっと優しい手が触れて、親指で目尻にある涙を拭ってくれる。
「んふ、泣いちゃったね」
その優しくてふわふわした甘い声に、涙が更に溢れてくる。
さかたのばか。
こんなに俺を泣かせて、どうするつもりだよ。
「…っ、ぅ゛、っひっく、…っおれ、ぉまえ゛に、なんにもあげれてないのに…っ」
「んもぉ〜何言ってんねん!いーっぱいもらってるで?」
なんなら今日も服買ってくれたやん、と笑いながら俺の頭を撫でてくる。
ふわふわ、と温かい体温を感じて、好きがどんどん溢れてきて。
どん、と強く坂田の胸に頭を預けると、頭を撫でる手を止めずに反対の手で抱き寄せてくれた。
俺の髪を優しく梳く手が、すごく心地よくて。
ねぇ、さかた。
俺、こんなに幸せでいいのかな。
「……すきよ、うらさん」
「…っ、…俺も、っず、ッ俺もすきぃ…っ」
ぎゅう、と強く坂田の服を握ると、坂田がその手を優しく取って、ゆっくりと指を絡めてきた。
それに驚いて、涙を零しながらも顔を上げると、坂田の顔が思ったよりも近くて。
その近さに目を見開いた後、そっとそのまま目を閉じると、すぐに唇に柔らかい感触を感じた。
「…っん、……ぅ………」
何度も何度も、触れるだけのキスをする。
甘くて、柔らかくて、あったかくて。
その温もりだけで、俺はじゅわ、と涙が溢れてくる。
何度も唇を重ねていると、そっと坂田の舌がいきなり歯に触れた。
それに驚いて思わず口をきゅっと閉じると、坂田が息でふ、と笑ったあと、何度も繰り返してきて。
俺もその動作に少しだけ慣れてきた後、そっと口を緩めると、坂田の舌が俺の口の中に入ってくる。
「…っん、ぁ………ふ、っ…んぅ……っ」
ちゅ、くちゅ、と音が鳴り響く中、俺はその初めてのキスに、肩を揺らして息をするので精一杯。
鼻で息して、とキスの合間に言われ、俺はその通りに鼻で息をする。
何度も何度も舌を絡め合って、気がついた時には膝の上に置いていた箱が既に退かされ、坂田に押し倒されるように横に寝かされていた。
「…っは、……うらさん……」
「……っ、……」
俺には刺激の強すぎるキスで、目をとろんとさせてふわふわした気持ちのまま坂田の顔を見上げる。
坂田の顔もキスのせいか赤らんでいて、少し緊張しているかのような目で俺を見下ろしていた。
そんな坂田を見て、顔のすぐ横に置かれていた坂田の手を取った後、頬に擦り寄せて手の甲にキスをする。
「……優しくしなかったら…ころすからな」
そんな可愛くもないことを言いながら、照れているのを隠すように坂田を睨む。
なんで、こんな可愛くないことしか言えないのだろう。
もっと可愛い誘い方なんていくらでもあるはずなのに。
はじめてだから、きっと俺が思っているよりも自分は頭が回っていないのだろう。
「…んふ、かわいい」
そんな俺でも、坂田はかわいいと言ってくれる。
こいつの目、節穴なんじゃないのか。
そう思う反面、内心嬉しくて堪らないなんて言えるわけないけど。
「…ほんとに、いいん?」
俺の頬に触れてくる手が、少し震えていて。
坂田を見ると、不安そうに眉を下げて微笑んでいて。
さかたも、緊張してるんだ。
俺と、同じ気持ちなんだ。
いっしょだ。
微かに震えていた坂田の手をきゅっと強く握り返して、坂田に微笑む。
「…さかたが、いい」
「……!……俺も、うらさんがいい」
俺の言葉に手の震えが止まった坂田がゆっくりと近づいて、ちゅ、と唇を重ねる。
「……ん……ぅ、…」
また坂田の舌に誘われて、深く唇を交わす。
くちゅ、と甘い音が耳を刺激して、息を切らしながら2人の唾液が混ざり合う。
しばらく重ねていた後、坂田の手がそっと服の中に入ってくるのを感じ、びく、と体を揺らす。
それでもキスをやめてくれない坂田に俺はどうすることもできず、ただただ唇の熱に応えることしかできなかった。
(……坂田の舌、きもちぃ、)
頭も坂田の手のひらに包まれてるせいで、俺は全く身動きが取れなくて。
ぴちゃ、ちゅぅ、なんて下手くそなリップ音と唾液の絡まる音に、頭がとろんと蕩けていく。
「……うらさん、服、脱がすで」
「ぁ、……っわ、かった、」
「……んふ、バンザイせな脱げへんで?」
「ぁっ、……〜〜ッ、」
あぁもう、ほんと、頭があまりの熱さにショートしてしまいそう。
真っ赤になりながら手を上げる俺に、くすくすと笑いながら俺の服を脱がす坂田。
じろ、と睨みつけると、かわぃ、なんて言いながらキスをしてきた。
(…さかたって、意外とキス魔だったりして、)
でもそれを知ってるのも俺だけなんだな、なんて。
優越感に浸っていると、唇を離した坂田も服とズボンまで脱ぎ始める。
それを見て、既に何回か見たことのある姿のくせに変に緊張して目を逸らしてしまった。
「……な、なぁ」
「ん?」
「……さかたってさ、俺の体見て興奮すんの、?」
「……は?なんで」
「っ、だって、楽屋で着替える時とか泊まる時とか、……もう見飽きてんじゃん、ぅ、む……っ」
ぎし、とベッドの軋む音が鳴ったと思いきや、ちゅぅ、と音を立てて唇が重なる。
顔が離れると、少し怒ったような坂田の顔が視界に大きく映って。
「……俺はその時もずっと、意識してましたけど」
「…………っ、え」
「〜ッうらさんほんっと、見かけによらず普通にホテルとかでパンツ一丁やったりするやん!!あれほんま、ほんまに俺自分の気持ち抑えるん必死やったんやで!?!」
「っ、し、しょうがねぇだろ!夏ツアー中は暑いし、」
「言い訳は聞かん!これからはもうあかんで!」
ぎゅぅ、と強く抱き締められた後、俺の肩に顎を乗せた坂田がぐりぐりと頭を押し付けてくる。
「……もう、絶対だめ!」
「…さかちゃんの前でしなかったらいいの?」
「〜〜っもっとダメっ!!!」
声を上げて力を強める坂田に笑っていると、拗ねた顔をした坂田が鎖骨の辺りに顔を埋めたと思いきや、ぢゅ、と強く吸われる。
「っぁ゛…………っ、ん、!」
「……ん、……ここだけなら見せてええよ?」
「っ、誰が見せれるか……っひ、ぁ!」
「んふ、耳弱いのかわぃ、♡」
弱い耳を舐められる度にびく、と身体が震えて、思わず声が出る。
坂田の吐く息が耳にかかって、ぞくぞく、と背中までも震えてしまう。
「……うらさん、」
「っ、ぁ……っ」
だめ。そんな声で、耳元で、俺の名前を呼ばないで。
俺がお前の声好きなの、お前は十分分かってるくせに。
「……ね、ほら、」
「っ、ぅぁ」
手をそっと取られたかと思えば、坂田の下着にそっと当てられる。
既に熱くて硬くなったソレに顔を赤く染めると、耳元でまた囁かれた。
「……おれ、これでもしっかり男やで、」
「っ、ぁ、う、」
「好きな子の身体見て興奮せんわけなくない、?」
「〜〜っ、わ、かった、から、……!」
あまりに恥ずかしくて、きゅ、と目を瞑りながら声を出す俺にクスリと笑ったかと思えば、俺のズボンにそっと手が触れて、びく、と跳ねてしまう。
「んへ、ほらぁ、うらさんもやん、?♡」
「〜〜っ、!!」
「……あは、うれしぃ〜……、」
恥ずかしくて死んでしまいたい。
それなのに、坂田は嬉しそうに笑ってて。
それだけで、もうなんでもいいや、なんて思ってしまう俺は、余程浮かれているのだろう。
「……触るで、」
「ぇ、?……ぁっ、ま、って、!」
する、とズボンの中に手を入れられて、下着を履いたままの俺の熱に坂田の手が触れる。
もうすでに俺の先端からは甘い蜜が垂れていて、坂田が触れたことで、くちゅ、と音が鳴ってしまう下半身に、俺は耐えきれずに坂田の服をきゅぅ、と握りしめる。
「〜〜ッ、ぅ、ぁ、……っ、あ、んん……っ、!」
「かわえぇ、……んふ、きもちぃ?」
「〜っ、ふ、……っ、は、ぁ、ぁ、っ」
ぐちゅ、ぐちゅぐちゅッ、と卑猥な音がズボンの中から響いてきて、その音と直接来る刺激に身体を震わせる。
あまりに気持ちよくて、坂田の扱く動作に合わせるようにゆるゆると腰が動いてしまう。
それに気づいたのか、坂田がくすりと笑った。
「んふ、きもちええやろ、♡」
「っぁ、ふ、ううう゛、〜〜ッ、」
「あぁ〜泣かんとってやぁ、!いっぱい気持ちよくなってええんよ」
「っは、ぁぁ、!っう……は、ぁぁ、あっ、!♡」
きもちいい。気持ちいい、どうしよう。
頭がそのことしか考えられなくなって、坂田に抱きつきながら必死になってその快感を受け止める。
いつの間にか、俺が向かい合う坂田の膝に、股を開いて座るような体制になっていて、俺はただ目の前にいる坂田に抱きつくことしかできなかった。
ぐちゅぐちゅ、ッ、と段々激しくなっていく音に、びりびりと電流が流れるように身体が痺れて。
何か込み上げてくるものを感じて、ぎゅぅ、と坂田の服を強く握りしめる。
「っ、ぁ、ぅ、!♡、さかちゃ、ぁ、ッだめ、だめぇ、っ……!!」
「……ぁーもぉ、かわいい、」
「〜〜ッっ、さかた、も……っ!」
俺が既に大きくなっているのが下着越しでも見える坂田の熱に手を伸ばそうとすると、だぁめ、なんて遮られてしまう。
「っぁ、なん、っンあ゛……ッ!!♡♡」
「今うらさんに触られたらすぐイッちゃいそうやもん、」
「〜っそんなの……ぅぁ、ぁ、あ゛っっ、♡♡」
俺だけこんな、恥ずかしい。
俺だって、さかたのこと気持ちよくしたいのに。
俺じゃないみたいな声ばかり溢れて、それを煽るように坂田が上下に扱くスピードを早めてくる。
「〜ッぁ、あ、あ、……っっ!!」
「ん、いいよ、うらさん」
「っぁ、ぃく、ぅ、〜〜〜〜ッッ゛……!♡♡」
坂田の熱い手のひらに包まれながら熱を放つと、甘い電気が身体中を流れるみたいにビリビリと痺れる。
は、は、と息を整えていると、見たことのない顔をした坂田が俺を見つめていて、その顔にまた頭がふわふわと溶けていく。
俺を見て、興奮してくれてる。
それが嬉しくて、身体の奥底がきゅぅ、と締め付けられた感覚になった。
「……うらさん、かわえぇ」
「……っ、もぉ、……ぱんつ、よごしちゃった、」
精液でべたべたになった俺の下着の感触が少し気持ち悪くて、もじ、と身体をくねらせる。
そもそも泊まらせてくれるなんて思ってなかったから、慌てて帰り道のコンビニで買ったこの1枚しかないのに。
「俺の使えばええって」
「……さかたのウエストでかくて合わねぇって」
「………ふーん、そんなこと言えるくらい余裕ってことやんなぁ?」
「………え?ちょ、なに、っ」
ドサッ、と音を立てて、俺の体がベッドに沈む。
ズボンに手をかけられたかと思えば、すぐに下着ごと脱がされてしまう。
抵抗する暇もなく全裸にされてしまった恥ずかしさで思わず坂田を足蹴りした後、傍にあった毛布で身体を隠した。
「〜ったぁ、!!!うらさん足はあかんて!!」
「〜〜ッ、いきなり裸にすんのが悪い!!」
キッと坂田を睨みつけると、困ったように笑った坂田がゆっくり近づいてくる。
絶対見せない、と強く毛布を握りしめると、ちゅ、と唇に触れるだけのキスをされた。
「……ね、だめ、?」
ずるい。子犬が涙目でお願いをしてくるみたいな可愛い顔。
困り眉にして俺を見つめる確信犯な坂田に、結局絆されてしまうのは俺の方で。
「……さかたも、全部脱いだら、いい、よ」
「………ふふ、ひとりだけやなのぉ」
「……っ、やなの、!」
ちゅ、ちゅ、と色んなところにキスしてくる坂田をまた睨みつけると、わかったわかった、と宥めて少し離れる。
する、と脱ぐと同時に坂田の元気な熱も顕になって、ぺち、と音を立ててお腹に当たったソレに思わず目を見開いてしまう。
(……っ、これが、俺のなか、に)
付き合い始めてから、そういうことも意識するようになって。
坂田に抱かれたらどんな感じなんだろう、なんて思う夜もあったりなんかして。
俺、いまから、さかたと。
この先を想像するだけで、頭がおかしくなりそうなくらいドキドキする。
いつの間にか脱ぎ終えていた坂田が、毛布を被っている俺を優しく抱きしめてくれた。
「……すご、心臓の音やばぁ」
「ぇ、っき、聞こえてる、?」
「ん?……ふへ、俺の心臓のことや」
照れくさそうにくふくふと笑って俺を抱きしめる坂田の背中に、そっと手を添えた。
自分の心臓の音が大きいせいで坂田の音なんて全然分からないけど、でもきっと同じぐらい響いてるんだろう。
お互いに見つめあって、どちらからともなくキスをする。
抵抗することなく口を開けて、自分から舌を差し出して絡み合った
(……このキス、すき、)
気持ちいい。
求められていることを実感できて、嬉しくなる。
気づけば毛布も剥ぎ取られていて、お互い裸のまま夢中でキスを続けていた。
唇が離れると、唾液の糸が互いの舌から伝わる。
(……きもちいぃ、)
ふわふわと浮ついた気持ちのまま坂田を見上げていると、それに気づいた坂田が微笑んでくる。
その笑顔にきゅぅ、と胸が締め付けられると、もう一度キスをしてくれた。
「………お尻、こっち向けて?」
坂田のせいで完全に弱くなってしまった耳への囁きにゾクリと身体を震わせながら、ゆっくりと坂田に背を向けて、猫が伸びをする時みたいにお尻だけを突き出す。
さっきまで裸を見られることにすら抵抗があったのに、坂田の身体を見てしまった瞬間から、坂田と早く繋がりたくて堪らない。
は、と期待してしまっていることを暗示させるような吐息を吐くと、背後からクスリと笑う声が聞こえてきた。
自らこんな風にお尻を突き出して、坂田に触ってもらえるという期待なんて丸見えだ。
さかたに全部見られてる。たったそれだけで、すぐにでも達してしまいそうだった。
「うらさん、ほんまに肌白いよね」
「……そ、う?」
「…うらさんのお尻、ふわふわしてて好きよ」
「っひ……っ!……ぁ、う、ぅ」
坂田がちゅ、とお尻の表面に軽いキスをしてくる。
坂田の唇の感触がお尻から伝わってきて、それがすごく恥ずかしくてじわ、と涙が出てくる。
恥ずかしい。気持ちいい。
もっと、もっと触ってほしい。
「……ふふ、かぁわいー……」
触れられる度に小さく反応する俺をお気に召したのか、上機嫌な様子で俺の頬にキスをしてくる。
涙目でキッと睨みつけると、ごめんごめん、なんて笑いながら謝ってきた坂田が、隣にあった引き出しからとあるボトルを取り出した。
(………っ、ぁ)
ぱき、と音を立ててキャップの蓋を開ける。
指に中身を垂れ流して指で馴染ませるその仕草に、俺は思わず目を逸らした。
ぎし、とベッドが軋む音と同時に、坂田の影が俺の身体を包むように動いて。
「……いれる、よ、」
「………っぁ、ぅ、……あ、あ……っ」
いちばん長い指のひとつが、ゆっくりとナカに溶け込んでいく。
抵抗もなく指を入れてくれたことに何故か涙が出そうになって、慌てて顔を枕に埋めた。
「ん………ッう、ぅ」
初めて自分じゃない指がナカに入っている感覚に、ゾワゾワと身体が震えてしまう。
「ん…っ、あ、……あ、あ!」
ぬち、とナカと指が擦れる音が響いて、その刺激に身体を震わせる。
中指ひとつを入れられてゆっくり出し入れされているだけなのに、こんな快感を浴びてしまうなんて。
しかも、初めて、なのに。
「っ、さか……っぅ、ひぁ、っ!♡」
「っぅ、あ、」
そんな動作を繰り返していると、坂田の指が俺の弱い前立腺を的確にぐぅっと押し当ててくる。
びりびり、と電流が流れるような少し強めの甘い刺激に嬌声を漏らすと、驚いたように坂田が声を上げた。
「……ここ、?いいん、?」
「〜〜っや……それ、だめ、ぇ」
「……はぁ、やばぃ、ほんまにやばい、えろすぎ」
興奮しきった様子で前立腺ばかり押してくる坂田に、俺は必死になって手を伸ばして止めようとするけど届かなくて。
それどころか力加減なんて気にせずに強く押されてしまい、思わず逃げようと腰を引くとあっという間に引き戻される。
(っ、こいつ、初めてなんだから加減ぐらいしろ、……!!)
少しイイ反応を見せただけでこの有様。
執拗に同じところばかり攻めてきて、だけどそんな必死なところも嬉しくて仕方がない。
こんな下手な前戯で何も考えられないくらいに気持ちよくなれるのなんて、きっと俺くらいだろう。
「うらさ、きもちぃ、?」
「っ、は、は、ぁ、」
「んふ、かわぃ。……ここ、きもちぃねぇ」
「ぁ、っん、ぅ…………ぁ、あ……っ、!♡♡」
ちゅぽ、と指が抜かれたと思いきや、すぐに中指と薬指が俺の中に入ってくる。
あっという間に飲み込んだ後、ふたつの指が俺のナカを貪った。
「っ、さ、かちゃ、」
「ん、?」
「もっと、ぉく、も、」
「……いたくない、?」
心配そうにする坂田にこくこくと頷くと、ゆっくりと坂田の指が奥まで入ってくる。
ばらばらに動かして、と坂田の目を見て言うと、ごく、と唾を飲み込んだ坂田が頷いて、そっとナカで動いた。
ぷちゅ、くちゅ、とローションが絡み合う音が響いて、びくんッと大きく跳ねてしまう。
「ひぃ、っ♡……ぁ、あ……っ」
きもちいい。どうしよ、きもちいい。
ぎゅ、と顔を埋めている枕を握りしめると、後孔にも思わず力が入ってしまって、より坂田の指を強く締め付けてしまった。
「っ、…きゅぅきゅぅしてきた。……ふへ、かわえぇ、♡……変態さんやん♡」
「ん、ちが、ぁ……っひ、ぅ、んん゛、!?♡」
「ふふ、うらさんのお尻ちっちゃいのに、俺の指あっという間に3本も咥えちゃったねぇ……♡俺の指おいしい、?」
(〜〜ッこいつ、ほんとに後で覚えてろ……!!)
完全に坂田のペースのまま進んでいく行為に、ただただ受け入れることしか出来ない。
あっという間に指を増やされて、蕾のふちが少しみちっときつくなる。
それを拡げるかのようにお尻の割れ目を広げた坂田が、指を激しく動かした。
「ひ、ぃっ!♡♡ぁ、あ、ああ、っ、はぁ゛♡」
「……腰、揺れてんで?」
「ぁ、あ゛っ、!♡っふ、うぅ、ひっ、く」
恥ずかしい。気持ちいい。足らない、もっと。
ぬち、ぐちゅぐちゅっ、と不規則な刺激をただ受け止めることしかできなくて、生理的な涙をボロボロと枕に溶かす。
坂田が指を抜くと同時にナカをきゅぅっと締め付けて、一気に奥まで入れられてビリビリと甘い電流が流れる。
無意識に腰が揺れて、お尻を突き出しながら坂田の指の動きに沿って腰を動かすその姿は、不埒以外の何物でもなかった。
「っ、さかちゃ、も、挿れてい、からぁ、♡♡」
「あかんって、初めてなんやから優しくせな、」
(これのどこが「優しく」だよ……ッ!!!)
ぬち、ぬちゅ、と音を立てて出し入れした後に、ぐちゅぐちゅ、っとナカを掻き出されるようにばらばらに動かされて。
その度に身体がビリビリと痺れて、快感からの逃げ場なんてどこにも無くて。
気持ちいい、気持ちいい。きもちいぃ、……!
奥からじわじわと迫ってくる大きな快感の波に少し怖くなって、何度も首を振って生理的な涙を流す。
やだ、と何度も抵抗するのに何も聞かずに俺の弱い所を執拗に擦ってくる坂田は、本当に意地悪なやつだ。
「っぁ、ああ゛、っひぐ、いっちゃ、ぅ゛♡♡」
奥まで届かないもどかしさと激しい指の刺激に声を上げながら、じわじわと込み上げてくる絶頂の感覚に目がチカチカと震える。
「ん、ええよ…♡ほら、いっちゃえ、♡」
「ぁ、あぁあ、っ、゛!!♡♡っひ、ぐ、〜〜〜っっっ、゛♡♡」
坂田の指の刺激で、あっという間に頂点に達してしまう。
びくん、っと身体が跳ねて、逃げ場のないナカの快感がびりびりと俺の身体の中を駆け巡って。
「はぁ〜……えっろ、」
ぬちゅ、っと音を立てて俺の蕾から指を抜いた坂田が、べとべとに濡れている指を舌で舐めとる。
身体の力が抜けていくと同時に、ぴとりとお尻に熱いモノが当たる感触がして、その感触にびくりと身体を硬直させた。
(ぅそ、まって、)
慌てて坂田の顔を見ると、理性を失ったように俺の顔を見ずに、ただただ俺のナカに挿れることしか考えられていないようで。
俺はそれに、ひくりと息を詰まらせた。
やだ、さかた。さかた。
おれをみて、さかた。
「……うらさ、いれるよ、」
「っ、ひっく、ぅ、や、ぁ、……ッ」
「ぇ、……っ、え、うらさん!?!」
ボロボロ泣き始めた俺に理性を取り戻したのか、顔を青ざめて俺の頬に触れてくる。
生理的じゃなく、ただただ泣いている俺に余程驚いたのか、あんなに大きくなっていた坂田の下半身は萎えていて。
それを見て、俺は更に涙を流した。
「うらさ、嫌やった、?」
「っぅ、っ、ち、が、……っ」
「っ、ごめん、…………」
涙が止まらない俺に、苦しそうな顔で心配そうに見つめてくる坂田。
違う。こんな風に泣きたかったわけじゃないのに。
坂田と触れられて、嫌なわけないのに。
頭が真っ白になってただただ泣くことしかできない俺を見たあと、坂田はゆっくりと身体を起こす。
やだ、いかないで。
こんなの、わがままだって分かってるのに。
坂田に愛されるなんて、夢にも思ってなかったのに。
今はもう、愛されたくて堪らない。
「……うらさん、おいで」
ゆっくりと俺の手を引いて俺の身体を起こした坂田が、手を広げてくれる。
その腕の中に飛び込んで、坂田を強く抱き締めた。
そっと頭を撫でてくれるその手がどこか遠慮がちで、俺は更に強く抱きしめる。
「……っ、さかた、俺の顔、全然見てくれなかった、」
「……ぇ、?」
「…………っ、全然、キスしてくれなかった、!」
そう言ってぎゅぅ、と力を込めると、遠慮がちだった坂田の手が同じように俺を抱きしめてくれた。
「ッごめん、俺、余裕なくて、」
「っ、ばか、ばかさかた、」
「……うん、急かしちゃったかも」
ごめん、なんて落ち込んだ顔で言ってくる坂田の頬を掴んで、ちゅぅ、と強くキスをする。
驚いた顔をした坂田を、涙目でキッと睨みつけた。
「……身体だけじゃやだ。」
「…うん」
「………………俺ごと愛して、」
「……!……んふ、うん、」
嬉しそうに笑った坂田にほっと安心すると、また唇が重なる。
首に腕を回して舌を絡めると、ゆっくりとまたベッドへと横に下ろされた。
それでもキスを止めない坂田に、俺はふわふわと甘く溶けていって。
「…………好きよ、うらさん」
愛おしくて仕方ないと言いたげな顔をして顔を綻ばせる坂田に、俺も、と小さく返した。
ゆっくりと足を開いて受け入れる体制になると、それを見た坂田が大きく目を見開いて、くすりと微笑む。
「ちょっとまってな、」
引き出しから取り出したそれをびり、と破って慣れない手つきで熱に被せる坂田に、律儀だな、なんて考えてしまう。
男同士だから妊娠なんてしないし、絶対付けない方が気持ちいいだろうに。
そんなこと言ったら本気で怒られそうだから言わないけど。
「……いれるよ、?」
しっかり俺の目を見て言ってくれる坂田にこくりと頷いて、緊張で固まってしまう身体を何とかしてほぐそうとする。
「……うらさん、」
俺の手を掴んだ坂田が、そっと背中に俺の手を回して。
「ぎゅってしててや」
「……でも、おれ、ひっかいちゃうかも、」
「んふ、いいよ。ぎゅーってしよ?」
そんな言葉に嬉しくなって、ぎゅぅ、と力強く抱きしめる。
坂田の体温を肌で直に感じて、暖かくて優しくて、俺はすりすりと頬を擦り寄せた。
それを見てホッとしたように微笑んだ坂田が、俺の足を持ってゆっくりと蕾に熱を当ててくる。
その熱があまりにも熱くて、俺は思わず手の力を強めた。
「……っ、は、……やば、」
「ッ…………ぅ、……っは、……っ」
ゆっくりと入ってくる感覚に、必死になって息を吐く。
苦しい。普段ならこんな場所に入ってくるわけないから当たり前なんだろうけど。
でも、こんなにも嬉しい。
さかたと、もっと深く繋がれるなんて。
「……ん、はいった、」
何度も呼吸を重ねて、坂田に頭を撫でてもらいながらゆっくりと進めていくと、俺のお尻に坂田の身体がくっついたのを見て、思わず坂田の顔を見上げる。
ふわりと優しく微笑んでくれる坂田に、俺は思わずきゅ、とナカを締め付けた。
「ぁ、っ、まって、うらさ、!」
「っ、?」
急に声を上げたかと思いきや、びくん、と大きく震える坂田。
そのまま俺の身体にゆっくりと倒れ込んできて、俺は思わず目を見開く。
「……ぇ、さかた、もしかして、」
「〜〜ッ、言わんとって、ほんまかっこ悪ぃ……」
真っ赤になって俺の肩に顔を埋める坂田が可愛くて、クスクスと笑いながら頭をくしゃりと撫でる。
「ふへ、さかちゃんかわいぃ」
「〜っぅう、最悪や…………もういっかい、だめ?」
「んふふ、いいよ」
恥ずかしそうに俺から離れた坂田がゴムを縛ってもう1枚取り出すのを、くすくすと笑いながら見つめる。
ゆっくりと起き上がって、坂田の腕にそっと抱きついた。
「……うらさん、?」
かっこ悪くて、たまに目の前が見えなくなって。
彼氏としては、未完成なのかもしれないけど。
俺の恋人としては、最初で最後の120点満点。
俺はもう、坂田しか見れないよ。
ちゅ、とキスをすると、坂田も受け入れるようにぐ、と深く重ねてくる。
その温もりが大好きで、俺はそっと背中に手を添えた。
好き。好きだよ、さかた。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
「……っ、は、ぁ、」
もう一度深くまで繋がって、ゆっくりと息を吐くうらさんを上から見下ろす。
さっきはめちゃくちゃカッコ悪かったけど、次は絶対気持ちよくしてみせる。
格好悪い俺にも、許してくれるどころか、なんだか嬉しそうに笑ってくれるうらさんに、俺は随分甘やかされてるなと感じる。
汗をかいているうらさんの額にそっと手を当てて撫でると、へら、と笑ってくれた。
「痛くない?うらさん」
「ん、だいじょうぶ、……ちょっと苦しいくらい」
頬を撫でると、すりすりと擦り寄ってくれる。
あまりにも可愛くて、ぎゅぅ、と強く抱き締めた。
抱きしめたい衝動に襲われた時、こうやって抱きしめることができる幸せを噛み締めて、うらさんの頭を撫でる。
「さかちゃん、あったかい」
「んふ、俺ちょっと暑いくらいよ?」
「…………だいすき、」
本当、可愛くて仕方がない。
俺も好きだという気持ちを込めて唇を重ねて、ゆっくりと腰を動かす。
きゅぅぅ、と強く締め付けてくるそれに耐えながら、だんだんと柔らかく解れていくナカを刺激した。
「っ、ぁ……っは、ぁ、っ」
「かわぃ……うらさん、うらさん、」
ぐ、ぐ、と挿入を繰り返すと、奥に入れる度に締め付けてくるうらさんに、俺も息を吐きながら腰を揺らした。
「〜〜ッ、ん、♡……は、ぁ、さか、ちゃ、」
「っは、……きもちぃ、?お目目がとろんてしてきた」
蕩けた顔をして俺を見上げるうらさんの頬を撫でると、目を閉じて擦り寄ってくる。
うらさんの足を持って律動を早めると、ぱちゅ、と音が鳴って、その音に反応するかのようにうらさんが目を開いた。
「っぁ、♡っあ、きも、ちぃ、……ッ♡」
「っは、ぁ、うらさ、うらさん、っ……!」
テクニックなんてものは持ってなくて、ただただ腰を動かしてうらさんのナカを掻き回す。
気持ちいい。気持ちよすぎてどうにかなってしまいそうだ。
うらさんも俺の律動に合わせて腰を揺らしていて、喘ぎながら腰を動かすその姿に目眩がしそうになる。
可愛い。愛おしい。
そんな安い言葉じゃ足りないくらい、俺の中はうらさんでいっぱいで仕方なかった。
「〜〜ッぁ、さかちゃ、あ、ぅぁ゛ッ♡♡」
「うらさ、きもちぃ、やばいこれ……ッ♡」
「〜〜ッ、んん゛♡♡っは、おれもやばぃ♡」
ずりゅ、と抜く度に締め付けて、ぐっと奥まで挿れると甘く溶けるような痺れに快感が襲ってくる。
腰の動きが止められずに、ギシッギシッと激しくベッドの軋む音が鳴り響いて。
「っは、うらさ、すき、すきっ……!!」
「あ、ああ゛ッ、おぇ、も、っは、ぅ、あ゛ッッ♡♡♡」
ぎゅうぎゅうと強く締め付けられて、だんだんとスピードが早くなっていく。
ばちゅ、ばちゅッ、と激しく突く音が鳴り響いて、挿れる度に強く打ち付ける。
その度にうらさんが甘く鳴くせいで、もっと欲しくなってしまう。
奥に入らぬようにと無意識に逃げていく腰を掴んで、どちゅっと奥まで強く突くと、うらさんの熱の先端からぴゅるっ、と白濁が飛んだ。
「〜〜ッぁ、あ゛ぁ、……っ♡♡」
「っは、うらさ、かわぃ、……!!もっと、もっとほしい、……ッ♡」
「っあ、まって゛、いってぅ゛、むッ♡♡゛」
涙を流しながら首を横に振って快感を逃がそうとするうらさんの顔を掴んで、ぐっと唇を押し付ける。
ぴちゃ、ぢゅる、と音を立てて絡み合うそれに力を抜かしたうらさんの身体を、また奥深くまで突いた。
チカチカと目をくらませたうらさんが、またぴゅ、ぴゅ、と薄くなった精液を垂れ流す。
ダラダラと止まることなく溢れ出ているソレは、めるで涎を垂らしているかのようで。
それをそっと掴んで上下に扱くと、うらさんは身体をぐっと反らした。
「ああ゛ぁッッ、!!♡♡らめ、や、もういっでる゛からぁ゛♡♡」
「っは、うらさ、はぁッ♡かわい、っは、もっかいちゅーする、?」
「ぁッ♡゛っする、ちゅうする゛♡……っん、ぅ゛♡♡」
まるで獣の交尾をしてるみたいだ。
汗がポタポタとうらさんの身体に落ちていって、どうしようもなく身体が熱くて。
うらさんも負けじと俺にキスをしてきて、息なんてできないくらいに絡み合う。
苦しい。気持ちいい。
もっと、もっと。
「っは、ぁ゛♡んふ、いきそ、?うらさ、ッ♡」
「あぅぅ゛♡♡イク、いく、ぅ゛♡♡」
「あは、イっちゃうねぇ♡」
「う゛ん、イッちゃ、ぁ゛♡」
俺の言葉をオウム返しするうらさんが可愛くて、つい色んな言葉を放つ。
涙を流しながら必死に応えてくれるうらさんにキスをすると、ぎゅぅ、と抱き締めてくれた。
口内をこれでもかと言いたいくらいに貪って、もうどっちの唾液か検討もつかないくらいにぐちゃぐちゃに掻き回しながら腰を動かす。
「んぅ゛、ん、ん゛〜〜ッ♡゛、……ッ♡、♡」
もう何回も甘イキをしているのか、うらさんの身体が何度も痙攣する。
キスを交わしながらもう嬌声を上げることもできないのか、ただひたすらに痙攣することしかできないうらさんを抱き締めて、俺も自身の絶頂へと導かれる。
「っは、おれも、いく、出すでうらさん……ッ♡」
「っん゛♡きて、きて、ぇ゛♡♡」
「ぁ、っく、いく、ッ、〜……っ゛!!!♡♡」
「あ゛ぁ、っは、ぁ゛、ッ〜〜〜……っっ!!!!♡♡♡゛」
びゅ、びゅ、とうらさんのナカで勢いよく放つと、また絶頂して腰を浮かせるうらさんをしっかりと抑えて逃げぬように俺の自身を奥へと突く。
うらさんの先端も、もう精液なのか何なのか分からないものがトロトロと溢れていた。
全てが満たされた感覚に、どさりと身体がうらさんの方へと倒れ込む。
はぁ、はぁ、とお互い息を整える中、うらさんの髪を撫でると、とろんと俺を見たうらさんがへら、と柔らかく微笑んだ。
「……ぁ……ん、…さかたぁ……」
汗もお互い酷くて、クスクスと笑い合う。
目をとろんとさせたうらさんが、俺の方に身体を向けて俺の頬を撫でてきた。
「……んふ、どしたん?」
「……ちゅぅ、して、」
「んへへ、はぁい」
ちゅぅ、と触れるだけのキスをすると、幸せそうに微笑んだうらさんが俺にそっと抱きついて、すぅ、と眠りへ落ちていった。
汗で少し湿っている髪を優しく梳いて、そっともう一度キスをした。
「…………愛してるよ、」
これからも、ずっと。
_______________
「ん……」
チュン、チュンチュン、と鳥のさえずりが聞こえてきた時間。
その音と顔にかかる温かい日差しに重い瞼をゆっくりと開けると、幼い顔をしてぐっすりと寝ている坂田の顔が、鼻が触れるほど近い。
(っ、さか、た)
その坂田の顔を見てしまった瞬間、昨日のことが走馬灯のように駆け巡ってしまい、朝から顔を熱くさせる。
坂田から顔を逸らすと、目線の先にあった手のひらが指を絡めてきゅっと強く握りあっていて。
俺の手首には赤い宝石のついたバングル、そして坂田の手首には緑のバングル。
俺がつけた記憶はないから、きっと坂田がつけてくれたのだろう。
(……ずっと、握っててくれたんだ)
その体温に心地よくなりながら、俺は坂田を起こさぬようにゆっくりと近づいて、坂田の胸に顔を埋める。
とくん、とくんと、規則正しく響く坂田の心音にふわふわと心地良くなりながら、思わずまた眠りへと導かれそうになって、慌ててきゅ、と強く目を瞑って堪える。
「…ん、んん゛……」
「っ、……さかた、?」
突然身動きを取り始めた坂田に声をかけると、俺の髪の毛に顔を埋めた後、また規則正しい息の音をたて始める。
手を繋いでいる反対の手で俺の腰を引き寄せてきて、また距離が縮まる。
起きてるのか、と思い顔を見上げると、2歳差とは思えないほどの幼い顔で寝ているのが見えて、クスリと微笑んだ。
「……ふ、かわい」
思わずそう零した後、俺は可愛い坂田の頬にそっと手を添える。
すり、と指で頬を撫でると、柔らかくて触り心地の良い頬の感触に、また愛おしさが溢れてくる。
ねえ、さかた。
俺、本当にさかたの恋人なんだね。
俺を選んでくれてありがとう。
諦めないでいてくれて、ありがとう。
お前の隣に居れるだけで、俺は世界一幸せだよ。
頬に手を添えたまま、ゆっくりと顔を近づける。
あどけない顔で眠っている俺の可愛い王子様にクスリと笑いながら、そっと目を閉じる。
ねぇ、はやく、おれをみて?
「おきて、さかた」
俺はその愛する唇に、そっとキスをした。
fin.
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