
[R15][ShimaSen] 抱きしめて、綺麗だって言わせて。
Author: 塩らっきょ。
Link: https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=21850979
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ワンクッション
この作品はnmmn作品です。
意味がわからない方はバックで。
オメガバースの設定を利用しています。
軽く設定を使っているだけなので、ふんわりとオメガバースを理解してるだけで十分見れると思います。
ハピエンです。
ただ途中で少し辛い描写が入ります。
苦手な方はご注意ください。
仄めかす表現はありますが、直接的ではないのでR_15にしています。
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「好きだ」
ずっと想ってた、いつ伝えようか悩んで、待って、考えて。
その言葉に彼は笑ってくれた、でも嬉しそうにじゃない。
悲しそうに、今にも泣き出してしまいそうなくらい切なく、綺麗な表情を浮かべて、笑った。
「センラも、志麻くんのこと好きやよ」
「じゃあ、」
「でも、志麻くんはセンラといると幸せになれへんから」
まるでデートみたいな一日の帰り道、電車を待っていた駅のホーム。
来てしまった最終列車に乗り込む彼の手を俺は、掴むことができなかった。
決めつけんなや、絶対幸せにしたるっ!
そんな俺の声は、電車の音の中でも聞こえていたはずだ。
「志麻くんなら、本当にそうしてしまいそうやなぁ」
「だからそう言ってるやろっ」
「じゃあ、センラのこと...何があっても守ってな?」
「はっ?それ、どういうっ」
電車のドアが閉まる。
窓ガラス越しに映るセンラの笑顔はやっぱり俺の大好きな笑顔だった。
それからだ、センラと連絡が取れなくなったのは。
sn side.
自分にとって志麻くんは心の休まる場所だった。
ドキドキして心臓が痛くなった時もあったけど、全部いい方で。
単純に自分が志麻くんを好きっていうのはあるけど、一番大きかったのは"性別"を気にせずに一緒にいれたこと。
「折原、今日も頼むね」
「はい...わかってます...」
上司がニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべながら肩に手を置いて、俺を辱めるかのように、はたまた逃げられなくするようにかわざと他の社員がいる中で声をかけてくる。
そう、こいつらは相手がアルファかオメガかでしか見ていない。
このクソみたいな会社では俺はいいおもちゃでしかない。
こいつらいわく、顔が綺麗でオメガの性が強いせいで抗えなくて、抵抗のしない俺は本当に都合がいいらしい。
「自分の仕事が終わったらすぐにおいで」
「...わかりました」
抵抗したって無駄なことはこの会社の一つ前の職場で体験済みだ。
どうせオメガは性奴隷。
逆らえば食も生活も失って生きていくことすらもままならない。
志麻くんは自分の第二の性がオメガなんてこと知らないからきっと仲良くしてくれているんだろう。
だけど、性を聞こうともせずに本当の俺を見て接してくれていた彼だから、好きになった。
志麻くんが好きだって言ってくれた時は嬉しった。
嬉しかったのと同時にどうしても悲しくて、だってそれはお別れの合図。
隣にいればわかる、志麻くんはアルファの中でも強いアルファで、街を歩けばパートナーのいない女子のたちがみんな振り返ってこそこそ話をするくらいかっこいいアルファ。
きっとこの先志麻くんはいい奥さんと幸せな家庭をつくっていけると思う。
自分はただの親友でいなくてはならなかった。
だってそんな人の隣が、こんな汚れた自分なんて許されない
好きです。
好きだった、どうしようもないほどに
「だから、さよなら」
見ているだけでも心が暖かくなれた自分の中の支えだったそれ、スマホの中の連絡先に別れを告げるように削除のボタンを押した。
あぁ俺どうなっちゃうんだろ、志麻くんいなくなったら死んじゃうかもしれない。
むしろ死んだ方が楽なんやろけど。
やだな、死ぬのは怖いな、俺結構ビビりだから。
だけどそうだな、
気持ち悪いアルファに犯され続けるのは
もっと怖い。
「おい、大丈夫か?そんな死にそうな顔して」
「あぁ、うらたん。大丈夫やで、いつものことやから」
「いつものことって...」
誰もいなくなった廊下で、はぁ...と息を吐けば、後ろから安心する声が聞こえて振り返る。
同じ部署の、こんな俺と唯一仲良くしてくれる浦田さんこと、うらたん。
仲のいい理由は簡単、うらたんも俺と同じオメガだから。
「センラにはもう、うらたんしかいないんよ」
「それってどういう...あ、あの好きな人に振られた...とか?」
「その逆やね。好きって言ってもらえた」
「良かったじゃん、じゃあ、」
「だから、もう一緒にはいられない」
驚くうらたんに、もう行かないとって手をふった。
俺、へんなこと言ってないよね。
でもあのクソ上司のところにいく前にうらたんに会えて良かった。
俺が死んだら、次はうらたんに手がかかってしまうかもしれないから。
こんな汚れた俺と、ずっと一緒にいてくれた。
すっごく心も身体も、綺麗な人。
うらたんだけは、俺が守るよ
「センラ...?」
「ごめんうらたん、いっこ嘘言った。本当はな?
......大丈夫やない」
自分は、どれだけひどい顔をしていたのだろう。
目を見開いて、何かいいかけて、うらたんが俺に伸ばす手は、うらたん以外を諦めた俺には届かない。
スーツのポケットから取り出したオメガ専用の接待用の薬、一時的にヒートと同じように発情させる薬と、緊急避妊用のピルを飲み込んで、上司の待つ部屋をノックした。
◇◇◇◇
urt side.
「早くっ...どこだよっ」
いつでも整頓されていた綺麗なセンラのデスク。
後でいくらでも謝るから、なんて言葉を口にしながら急いで引き出しを漁る。
センラの性格なら、持っているはずだ。大切に保管してあるはずだ。
だってずっと前に
"仕事の励みになるんよ"
って嬉しそうに微笑んで眺めていたのを覚えてるっ...
「あったッッ!!」
センラが予備で使っている名刺入れ。
その中に一枚だけ、この会社のものではない名刺を見つけた。
"月崎 志麻"
仕事中ずっと苦しそうなセンラが、全てを諦めたように笑うセンラが、いつも俺なんかを庇ってくれるセンラが。
そんなセンラが、いつも幸せそうな顔で、声で、呼ぶ名前。
"志麻くん"
「これだっ!!」
名刺には当たり前のように連絡先の番号が書かれている。
営業系の仕事なら名刺の番号に電話をかければ誰の番号かわからなくとも出てくれるだろう。
焦っていた俺は、何を伝えようかも考える前にその番号を押していた。
ただ、必死で
頼む...
頼む...っ
でてくれ...ッッ
『はい。月崎です。』
っ、これが、センラが大切にしていた人。
『どなたですか?』
低くてちょっと冷たい声。
あれ、センラはめちゃめちゃ優しくて必死で可愛い人とか言ってなかったっ?
だけどセンラを助けるためには、俺にはもう彼しか頼れる人がいない。
「お願いですっ...センラを助けて...っ」
◇◇◇◇
sm side.
『お願いですっ...センラを助けて...っ』
定時で上がったあとに鳴った仕事用の電話。
会社の人間なら無視してしまうところだが、電話帳に登録されていない番号。
取引先の相手だとダルいし、面倒だと思いながら電話に出た。
『あのっ志麻くん?っですよねっ?センラがっ、センラをっ...ッ』
電話口の相手は相当焦っている様子で支離滅裂。
だけど何度も出てくるセンラの名前と、泣きながら必死に俺に伝えようとする相手の声に、イタズラ電話だとは到底思えなかった。
「ちょっと落ち着いて。まずあんた誰や?」
『あっお、俺、センラの同期の浦田って言いますっ』
「んで、どうして俺のこと知ってて、なんでこの番号がわかった?」
『センラがよく言ってた、志麻くんって名前、ずっと辛そうだったセンラが唯一、幸せそうな顔をするのがこの名刺を見てる時だったっ、』
名刺...あぁ、そこに番号が書いてあったのか。
好きだと伝えた後から連絡が取れなくなった大切な人。
振られた、ようには思えなかった。どちらかと言うと身を引いたような。
センラも絶対俺のことが好きだったと思う。
それに最後に言われた言葉。
"じゃあセンラのこと、何があっても守ってな?"
なにが?と思った。
俺といる時は辛そうな顔一つなくて、ずっと幸せそうに笑っとったから。
それに連絡を断たれてどうやって守れって言うねんって思ってて。
でも今の浦田さんと言う人の発言
"ずっと辛そうだったセンラが"
センラはずっと、隠して笑っていた。
「まず落ち着き?あんたが焦っとったらこっちも伝わらんわ。」
『う、うん、ごめんっ...えっと、』
浦田さん、と言う人に伝えられた事は3つ。
センラはオメガだ。
人の第二の性を勝手に公開するのは普段ならNGだが、今回は緊急性が高いので目を瞑っておく。
センラは、オメガの浦田さんを守るためにいつも犠牲になってくれている。
ブラック企業ではよくある話だと聞いたことがあった、上司のセクハラや、オメガの性奴隷
今日のセンラはいつもと違いおかしな点があった。全てを諦めたように浦田さんに苦しいと告げて、このままだと死んでしまうと思った。
まて、その話が本当なら今センラは...
「今センラは何処におるんっ!!」
『応接室っ...だけど志麻くんの名刺に書いてある会社からここまで遠いからっ』
声を荒げた俺に驚いた様子の浦田さんは、苦しそうに言葉を吐き出す。
『いつも、終わったら、あのクソ野郎にタクシーに詰め込まれて家に送還されてるっ...今から行くならっセンラの家に直接っ...』
告げられたセンラの住所。
手元にあった紙に殴り書きでメモをして、なりふり構わず走り出した。
浦田さんから伝えられた事実に、ガツンと頭に強い衝撃を受けたようだった。
自分がアルファだったから、センラがオメガだったらいいなぁ、なんて思ってしまった時もあった。
今思うと不謹慎にも程がある。
オメガだったセンラが、どれだけ辛い思いをしているのかなんて想像もしたことがなかった。
今思えばおかしな点はいくらでもあったはずなんだ。
センラはちょっとしたボディータッチもまるで恐るように軽くかわしていた。
アルファに触れられるのが怖かったのかもしれない。
喘息で、花粉症で、何かとつけて薬を飲みまくっていたがあれは本当にただの薬だったのか?
本当はオメガの抑制剤だったのでは...?
俺はそんなセンラに、なんてことを____ッ
『お願いっ、センラを助けて』
もう一度縋るように聞こえた声に、色々考え込んでいたものが止まる。
今は、なんだっていい。
センラを救えるのが俺だけなら、俺が行かないと。
『ごめんっ俺何もできなくてっ今まで見てるだけだったっ、俺がああなってたかもって怖くてっ...それでもセンラはいつも俺に優しかった...ッ』
「センラは誰にでも優しいんよね、自分を犠牲にしても大切な相手の幸せをいつも願ってる」
『センラっいつも志麻くんのこと大好きって幸せそうでっ志麻くんがいればなんだって耐えられるってっ』
「っ...それは、本人に直接聞いてやらんといけんなぁ」
『俺はっそんな人いないからっだからっ、俺が犠牲になればよかったんだッッ』
「浦田さん。それだけは絶対言ったらあかんよ。それを言ったら、センラが体を張って守った意味がないやろ。謝罪は、今度本人に直接言ってやって」
俺が絶対にセンラを救ってみせるから。
走り書きした住所とマンション名をもう一度照らし合わせて、聞いたものと同じ部屋番号が書いてあるドアノブを勢い任せに掴んだ。
「っ開いてる?」
玄関にバラバラに脱ぎ捨てられていた革靴。
普段の几帳面なセンラからしたらありえない様子にドクンっ、と心臓が脈打つ。
ブワッと鼻につくこの臭いはオメガ特有のフェロモン。だが発情期それとはちょっと違う妙な香りに思わず壁に手をついた。
これ、浦田さんがいっとったオメガ用の薬かっ...
「センラッッ!!」
マンションの部屋数なんてたかが知れている。
靴を脱ぎ捨てて短い廊下を走りリビングだと思われるドアを押し開く。
夕暮れの薄暗い時間帯、電気もつけずに部屋の中央で床に座り込んむ人影。
俺の探してた人。
「ッッ...おい、せんらっ?」
目を疑った。
足元に散らばっていたのは壊れてガラスの飛び散った写真立て。
落ちていた写真の中に映るのは俺と、幸せそうな顔をして笑うセンラ。
この薄暗さでは涙なのか血液なのかも判断できない水滴がぽつぽつと落ちている。
その中にしゃがみ込む彼は、両の手で握りしめたハサミを、自身の首元に突き立てようとしていた。
ヒュッッ...
と喉の奥で息が詰まる。
そんな俺にやっと気がついたら彼は、ハサミを下そうともせずにこちらに顔を向ける。
頬が濡れた跡。
だけど目元の涙はすっかり枯れていた。
何も写さない暗い瞳には光はない。
彼の口元が、うっすらと開く
「...しまくん......?」
怖くなった。
俺の知らないセンラがそこにはいた。
壊れたおもちゃのような彼。
「ッ...」
なんて声をかければいい?
まずは、センラを刺激しないように、まずは、ハサミを降ろさせないと...っ
「せ、センラ、そんな、尖ってないハサミやとっ...痛いだけやで...っ?」
センラの視線が、ちらりとハサミの先に移る。
「...そやね、死ねへんかったら意味ないなぁ...」
ゆっくり、ゆっくりと、ハサミを持っていた手が落ちる。
カラン、と小さな音を立てて床に置かれたそれを見て、近づこうとする。
だが、すっとこちらに向いた視線に、思わず足を止めた。
「そや、志麻くん...なんでここにおるん...?」
「......センラに、会いに来たんやで?」
「ばいばいって、言ったやん...」
「俺も言ったやろ、絶対幸せにしたるって」
少しの間が、今は何十分にも感じる。
言葉を間違えるな、今は慰めの言葉なんかいらんはず。ボロボロになったときに、わかったような口聞かれるのが一番キツいのは知ってるから。
何回、呼吸をしただろうか。
気がつくと俯いたセンラの目元から、ぽた、ぽた、と枯れたと思っていた雫が落ちて行くのが見えた。
「なんで...おるん?...ほんと、せっかく、もう終われると思ったのに、」
顔を上げてこちらを見るセンラは、やっぱり笑顔だった。
でも、俺の好きな笑顔じゃない。
苦しくて、逃げ出したくて、それでもできなくて、今にも壊れてしまいそうな泣き顔で
「せんらな?志麻くんとおったらダメなんよ、こんな汚い体で志麻くんに触れない、隣に居られない。でも好きで、好きで仕方なくて...っ嬉しくて、だけど会社に行くたびに思い知らされる。自分の性を」
「......、」
「最初は志麻くんといる時だけ幸せでいろんなことを忘れられた、でも最近は辛かった、志麻くんといると自分の汚さを思い知らされるっ志麻くんを騙して隣にいる自分に腹が立つ、志麻くんを見る他のオメガと自分を嫌でも比べてっ、志麻くんといると苦しくてっ...」
「ッ...せんら、」
「やっと諦められると思っとったのに...。やっぱりダメやなぁ...志麻くんを見ると
......たすけてって、思ってまう...」
俺はまだ、センラに必要とされていた。
それだけの事実があれば、なんだっていい。
ガラスの破片が足に刺さっても構わず、今にも壊れてしまいそうなセンラに駆け寄った。
自分の方がヤバい状態だってのに「志麻くんっ足がっ」ってガラスを踏む俺を心配するような彼を思い切り抱きしめた。
「センラ...っせんら、」
「なんで...志麻くんがそんな泣いとるん...っ?」
言葉なんか出てこないけど、今はとにかくセンラを失いたくなくて。
「センラ、好きや」
「それ、この間も言ってはったね」
「センラが何と言おうと、俺はセンラと一緒がええ」
強く抱きしめる体。
少しだけ宙をさまよったセンラの腕はそのまま床に落ちる。
まだ、俺の体を抱き返してはくれない。
「志麻くんが、なんでここにおるかはわからんけど。ここにおるってことは、知ってしまったんやろ...?センラのこと」
「ごめん、勝手やけど全部聞いた」
「センラ、汚いやろ?志麻くんは相変わらず綺麗やねぇ、やっぱり俺なんかが近づいてええ存在やなかった」
「汚いなんて思っとったら抱きしめてないっ!!」
センラのことを汚いなんか思ったことない。
むしろ綺麗だ。
待ち合わせの時、俺を見つけた時の嬉しそうな笑顔も。風に揺れた髪も、少し女性らしい口元も、ちょっとだけ意地悪に目を細めるところも。
「きれいやで。俺にとっては、センラはなんとしてでも手に入れたい宝石みたいに綺麗や」
ずっときらきらした宝石のように見えていた。
初めて見た時に視線を奪われて、声をかけたのだって俺の方からだった。
俺は頭がいい方でも口がまわる方でもないから、センラが求めてることは言えないかもしれないけど。
俺がどれだけセンラを想っているかくらいは伝わってくれるはずだ。
「言っとったやろ、あの日"センラのこと守って"って。今からじゃ、遅い...?」
「志麻くんはずっと俺の心を守ってくれてはったよ...?」
「そうやなくてっ...なんて言えばええんやろっ...」
言葉が出てこなくて焦る俺に、センラはふふっ、ていつもの声で笑う。
それでもなんだかいつもとは違う気がして、きっとセンラの心は壊れてしまったままな気がして、無意識に抱きしめる腕に力がこもる。
「じゃあ、そない言うんやったら、抱けますか?センラのこと」
「えっ...?」
「汚れてないって言うんやったら、確かめてみたらええんやない?」
これはお誘いではない。完全に自虐だった。
それも、あってはならないような悲しい自虐。
本来なら断ってもっと心が通じ合ってから進みたいところだが、ここで断った方がセンラが自分は汚いと思い込んでしまいそうで...。
それなら、嫌ってほど愛をこめて
「わかった。俺がどれだけセンラを綺麗やと思っとるか証明したるわ」
「え、あ...じゃあ、シャワーだけ、浴びてきますね...」
まさか俺がそう返してくるとは思っていないかったような顔。
結局背中に腕を回してくれないままセンラは立ち上がって早々に体を離す。
シャワーなんかいらんって伝えたが、あのクズの体液を早く流したいと言われればそのまま寝室に連れ込むことなんかできなかった。
「センラさん、いくら何でも遅ないか...?」
時計を見ていたわけではないが、体感もう40分は経っているような気がする。
勝手に入るのはどうかと思ったが、ぐしゃぐしゃだったリビングで座って待っていることはできず申し訳ないが寝室で待たせてもらっていた。
シャワーの音はずっと聞こえたままだった、勝手に出ていくなんてことないとは思っていたが...
まさか、倒れてることないやんな...
「センラ...?大丈夫か?」
脱衣所のドアを薄く開きなかで動きがあるかゆっくり覗くと、ぼそぼそと呟くような声が風呂場から漏れ聞こえてきたことに、まずはひとまず安心する。
センラ...?その声に耳をすませて、俺は一人でシャワーに行かせたことを後悔することになる。
「ッ...いやや、こんなっ汚い、きもちわるいっ...こんな体、志麻くんに触ってもらうわけにはいかんっ...きたない、汚いっ」
流れっぱなしのシャワー、風呂の曇りドアには体をこすり洗うような影が動いている。
過呼吸一歩手前の乱れた呼吸に、勢いよく扉を開けて、固まった。
「センラなにしてんねんっ!」
決して暖かいとは言えないほぼ水のようなシャワーを浴びつづけて青白く震える唇。
目の粗いタオルで力いっぱい擦りすぎた体は赤く、ところどころ血が滲んていた。
特にそれがひどいのは、鎖骨と足の付け根のあたりにつけられた痣のようなキスマークの上。
「ぁっ志麻くん、待たせてごめんなさいっ...せんら、全然綺麗にならんくてっ」
「ッ...やから汚れてないって言うとるやろっ!もうええからっとりあえず体温めんとっ」
脱衣所に用意されていたバスタオルでセンラの体を包んで抱きしめる。
幸い髪までは濡らしていなかったから体を拭いてすぐに布団で温められそうだ。
冬ではないにしろ、暗くなってくると少し冷えるこの季節。
水を何十分も浴び続けた体は自分の意志とは関係なくかすかにふるえていた。
「ごめんなさいっ...迷惑かけてっ、やけど、志麻くんに見せれる体っ、しとらんくて」
「大丈夫やからっ、とりあえずベッド入り?」
体を包んですぐに寝室から持ち出してきた毛布で体を包んだ。
そのままベッドに横にならせて布団を被せれば、センラの表情がゆがむ。
「やっぱり、センラの体見たら抱く気にならへんかった...?」
「ちゃうよ。センラが綺麗すぎて今すぐにでも抱きたいからベッドに連れてきたんやろ?」
あの状況を見て、興奮よりも心配が勝ったのは正直なとこだけど。
今はどうにかセンラを安心させないといけないと思った。
センラは汚くない。
綺麗で、綺麗で、もう全部、志麻だけのもの。
どうやったら、伝わるんやろか...?
一緒に布団に入ってこれでもかってくらい震える体を抱きしめる。
少しでも俺の体温がセンラに移ればいい。
「志麻くん、あったかいなぁ」
「...センラが、冷たいんやよ」
「...ねぇ、抱いてくれへんの?」
「...ッッ」
あぁクソっ...
抱きしめて、肌に触れて、その体をあばいて、ずっとそうしたかったはずなのに。
「触っても、怖くないんか...?」
「え?あぁ...まぁ、怖くないと言えば嘘になるんかな...」
さっきまで呼吸が安定してなかったセンラが、無理に落ち着こうとしてるのが嫌でもわかってしまう。
無理にいつも通りを演じようとして、辛そうにぎゅうと目を細めて逸らすのがわかってしまう。
「でも、志麻くんやから」
「え?」
「もう、センラには、縋るもんが志麻くんしかないんよっ...」
さっきは、背中に回してくれなかった腕。
今度は震える手が、弱々しくも縋り付くように俺の背中を掻き抱いて
「やっぱ、死ぬんは嫌やなぁっ...っ、志麻くんがおってくれるんやったらっ、他には何もいらんのに...っ」
その声に、頭で考えるより先に体が動いていた。
重ね合わせた唇。一度合わさってしまえば俺たちを止めるものはなにもなくて
「っ...センラ、せんらっ」
「ンっ...んっ、しま...くっ...」
センラの体に上から覆い被さるようにしてキスの雨を降らす。
徐々に深くなる口付け、溶け合う体温に、いつの間にかセンラの震えは止まっていた。
「センラ...綺麗や」
ベッドについた両腕の間、ほんのりと顔を赤くした何よりも大切な人。
ボロボロでも、痛々しくても、それでもやっぱり俺には綺麗に見える。
頬に添えた指先をなぞるように動かせば、んっとセンラの喉が鳴る。
「痛かったやろ...赤くなっとる」
「キモいやろ...?」
「全然」
タオルで擦りすぎた肌。強く触れれば痛むだろうから、できるだけ労わるように優しく撫でる。
鎖骨の赤い鬱血痕は正直見てられないが、顔に出してセンラを不安にさせることは絶対にできない。
ちゅう、とそこに吸いついて、上から被せるように俺の痕を重ねた。
「んっ、くすぐったい...」
「綺麗やよセンラ...もう全部、志麻のやね」
「...しまくんの、ですか...?」
「おん、もう誰にも触れさせん。俺だけのもの」
少しでも凍った心が溶けるように、急がずに。
存在を確かめるようにキスをして、触れていく。
熱すぎる俺の視線をしっかり見たセンラは、ふにゃりとゆるい笑みを見せた。
「そか...しまくんのかぁ」
「嫌やった?」
「...うれし」
ふわっと色のなかった頬がピンクに染まる。
安心したように、ちょっと照れくさそうに目を逸らしたセンラはやっぱりどんなものよりも可愛くて綺麗だった。
男2人が入るにはほんの少しだけ狭いベットの真っ白なシーツの上。
飴細工を扱うように、なによりも優しく丁寧に抱く俺の手で溶かされて。
その行為中、一等美しく見えたのは
快感に身を委ねて細く長い四肢をシーツに投げ出しながら、ふわりと花がほころぶような表情を見せたセンラが俺を見て目を細めたこと。
「ねぇしまくん、せんら...きれいですか...?」
俺が何回も、何十回も囁き続けたせい。
綺麗だ、って言ってもらえると信じて疑わないその声が、俺は一番嬉しかった。
◇◇◇◇
「せんらぁぁぁ〜〜〜ッッ!!!」
ベッドに腰掛けるセンラの飛びついた浦田さんはそのままの勢いで抱きついて2人してベッドに倒れ込む。
「心配かけてごめんなぁ、うらたん」
「もっぜんぜん連絡つかなくてっほんとにセンラが死んだと思ってっおれ...おれッ、」
数日後、体も心も少し落ち着いたセンラにどうして俺がセンラの家にいたのかを話していたところ、2人して気がついたことは
"あ、浦田さん忘れてた"
ということだった。
急いで大丈夫だという連絡を入れると、どうやって来たのか、ものの数十分でチャイムが鳴って鍵を掛け忘れていたドアが勢いよく開いた。
初めましての俺なんて目に入らないくらいの勢いでセンラに抱きついた浦田さんは涙で大変なことになっている真っ赤な目を擦って、しばらくセンラの名前を呼び続けるだけだった。
「そうだっ、センラ、これ返すな?」
「えっ、これ...」
浦田さんが差し出したのは握りしめたのか、くしゃくしゃになった名刺。
俺が、センラに昔渡したもの。
「ごめん、俺あの時必死で、どうにかセンラを助けてくれる人って考えたら、これしかなくて」
「そか...それで志麻くんを呼んでくれたんやね。ありがとう、うらたん」
そらから浦田さんはパッと俺の方を向いて、驚いたような顔をしてから頭を下げた。
「わっ、ちょっと思ったよりも顔が良すぎてびっくりした...あの、志麻くん、だよね...?」
「え、あぁうん、浦田さん...よな?」
「うん、あの、センラを助けてくれてありがとう。あの時俺本当に何も考えられなくて、電話で志麻くんと話してやっと落ち着けたんだ」
「こっちこそ、浦田さんから連絡こんかったら今こうやってセンラといれてないし、センラが苦しんどったのにも気づけてなかった。本当に感謝しとるよ」
ありがとうって人懐っこい笑顔で笑う浦田さんは、初めて見たけど本当に人の良さそうな人だった。
センラが守りたかったのもわかる。
わかるけど、それで自分を犠牲にするのはいただけない。
「あ、ねぇ、2人は...番に、なったの?」
「えっ番っ!?」
それに驚いたように声を上げたのはセンラ。
バッと耳まで赤くして、何言ってるのって浦田さんの腕を叩いてる。
「そもそも俺、発情期ちゃうしっ...それに、志麻くんにやってまだ聞いとらんのにっ...」
オメガの発情期の間にうなじを噛むことで成立する番は、生涯のパートナー。
センラさんは発情期ではなかったし、噛んだところで番にはなれやしないのだけれど...
本人は快感で気づいてなかったようだけど、正直最中に我慢できなくて、うなじにキスマークや甘噛みをし続けてた自覚はある。
実際センラの首元は俺のつけた痕で大変なことになってるし...。
「そもそもっそんな話する時間とかなかったし、センラが決めることやないし...っ」
そう言いながらも手でうなじのあたりを物欲しそうにさするのは、期待してもいいのだろうか。
「いいな、俺にはそんなに想い合える相手はいないから。ちょっと羨ましいよ」
「センラは、運が良かっただけですよ。志麻くんが見つけてくれてなかったら、どうなってたかわからんもん」
「でもあれだろ、運命ってやつ。オメガの憧れだから、運命のつがいに出会うってことは」
「運命のつがい...そうやね、うらたんもきっと、すぐに出会えますよ」
うらたんほどいい子を神様がほっとくわけないもんなぁ。
なんて、言いながらセンラさんが首元をさすりながら俺を見る。
そのせいでうなじのあたりが浦田さんから丸見えになり、浦田さんが言葉を止めた。
「えっせんらそれ、」
「え?なに...?」
「え?いや、え?」
何度も噛んだような痕、重ねられたキスマーク。
浦田さんが、センラの少し後ろに立つ俺を見る。
合意だよね...?なんて問いかけるような視線から、思わずあさっての方へ目を逸らした。
「え、志麻くん...もしかして、」
「いやっちゃうよ!?合意やって!!まぁ確かにセンラに直接聞いたわけやないけど!?間違えなく合意やって!!」
「はぁっ!?センラ気づいてないじゃん!それは合意だって言わねぇよ!!」
「えっ?えっ、2人とも何言っとるんっ?なんの話??」
突然声を荒げた浦田さんとタジタジの俺を見てきょろきょろと俺たちを交互に見るセンラは正直可愛い。
っ...と、今はそんなこと思っている場合ではない。
とにかく浦田さんを納得させないと
「合意ならええんやろっ!?...センラ!!!」
「えっはっ、はいっ」
「次のヒートが来たら、俺と一緒にいてほしい。そして...俺の一生の番になって下さい...っ!」
はぁっ!?なんて浦田さんの叫び声が聞こえるが完全無視。
俺はガバッと頭を下げて片手をセンラに差し出した。
「なんだよそのカッコ悪いプロポーズ!!もっと雰囲気とかないわけ!?志麻くんぜんぜん最初とイメージ違うんだけど!?」
「うっさいわ!浦田さんこそそんなうるさい人やと思っとらんかったわ!」
男としては最悪なプロポーズ。
本当はもっと髪型も決めて、かっこいい服を着て、おしゃれなレストランで食事をして、なんてのが理想だったりもするけど。
そんなもんぶっ飛ばしてでもセンラが欲しい。
きっとセンラはこんなカッコ悪い俺にも、いつも見たいなキラキラした笑顔で...
「えっ、センラ...?」
浦田さんの声に思わず下げていた顔をあげる。
軽く鼻を啜るような音、センラの目尻には込み上げてくる涙が滲んでいた。
「ほんまに...?」
「せんら...?」
「ほんまに、センラでいいんですか...っ?」
戸惑うように差し出された指先が、俺の手に重なる前に躊躇するように止まる。
自分に自信のない可愛い人。俺はその手を取って強く握りしめた。
「センラじゃなきゃダメや」
"センラも好きやよ"
あの日のデートの帰り道、俺の告白への返事をしたセンラ。逃げるように電車に乗った彼の手を俺は掴むことができなかった。
「今度は逃さへんよ?」
"志麻くんはセンラといると幸せになれへんから"
「志麻はセンラとじゃないと幸せになれへんから」
"センラのこと...何があっても守ってな?"
「俺が、何があっても守るから」
「好きや、センラ。言ったやろ...?絶対幸せにしたるって」
センラをまっすぐ見つめる俺の視界の端で、空気を読んだ浦田さんが部屋を出ていくのが見えた。
うるさいとか言ってごめん、やっぱり浦田さんはいい人や。
「次のヒートは、1週間後の予定なんやけど」
「おん、」
「志麻くんのお家に...行ってもええ...っ?」
熱すぎる俺の視線から逃げるようにきょろきょろと視線を動かしたセンラは聞こえないくらいの小さな声で確かにそう告げた。
耳と首まで真っ赤になった顔は隠しようがない。
「...っそれって、」
「せんらな?志麻くんの匂い大好きなんよ」
「うん」
「っ...どうしよう、もう幸せやっ...」
オメガはヒート中、大好きなパートナーの匂いのついたもので巣を作るというけれど、もし...センラが言っているのがそういうことだとしたら...。
また泣きそうになってしまったセンラを抱き寄せる。
軽くうなじに触れれば、「ぁっ...」と切ない声があがった。
浦田さんも出てってくれたことだし。
やっと想いが通じ合ったんだ、前回よりもずっと甘い行為で溶かしてやりたい。
「センラ...抱きたい」
今度はしっかりとセンラの腕が背中に回って、俺の腕の中でふふっと柔らかい声を出した。
「うん、ええよ」
ゆっくり押し倒した体。
とろけた顔で俺を見上げる宝石のような瞳。
その目にこの間のような闇は感じられない。
センラが怖いことがあったら、何度だって俺が救い出すから。
「ほんま...綺麗や」
自分でも気持ち悪いくらいに出た甘すぎる声。
センラはそれに、照れたようにふわりと微笑んだ。
fin.
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