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忘れられた話

宇善です
私の善逸ってこういうのが標準なんだなあと再認識
前々作の「寂しくなった話」と多分同じ二人。でも読んでなくても大丈夫です
口調はいつも迷子
時系列は原作軸の未来なので本誌ネタあります。注意!
その他は1P目の注意書きをご確認ください
読後のクレームはご遠路願います

前作も沢山のいいね、ブクマありがとうございます。デイリーランキング入りしました。
今作も、誰かお一人にでも楽しんでいただけたら嬉しいです

*注意書き*

・本誌勢なので単行本未収録のネタあります
・時系列は無惨戦数年後
・投稿時点で生死不明な方たちは生存していることにしてます。欠損とかもまだ確定してない、確定してない、幻術の可能性があるあるある...
・ちょこっと過去作「寂しくなった話」を匂わせるところありますけど。読んでなくても大丈夫と思います。
・未来は捏造してます。原作にない設定もあり。

俺、我妻善逸十九歳、職業鬼狩り、所属鬼殺隊、階級鳴柱、再び家なき子になりました。
 


...なぁんでこうなるかなぁ。

「......雷の呼吸、一の型、.........霹靂一閃!」
雷鳴が轟き閃光が空を裂く。微かな音を立てて刃を鞘へと納めゆっくり振り返ると、そこには崩れ始めた鬼の体とその横に転がる首、予想外に静かな赤い目があった。

「きえたくないきえたくない。どうしておれが、なんでなんでなんで......おれだけがきえるのはいやだ。......おまえも......おまえも、いっしょにきえよう。」

 その声と同時に、ほとんど形をなくしていたそいつの腕がゆらりと動いて、霧とも煙ともつかない何かが俺を包み込んだ。油断していたつもりはなかったけど、そいつの音はもう消えかかっていてしかも落ち着いたものだったから、そこから何かを仕掛けてくるとは思ってなかった。結局油断してたんだなって炭治郎とかには叱られるかもしれない。
 咄嗟に飛び退いて日輪刀で眼前の空間を薙ぐ。そいつの血鬼術なのだろうそれは霧散したけど、完全に避けきれてはいないと思う。なんだったら少しは吸い込んだ気がする。一体何が起こるのか、身構えたけどそいつはそのまま完全に崩れて消えて、俺は特に何の変化も感じなかった。

ただの悪あがきか脅し?それとも力尽きて不発だった...?

 とりあえず何ともなさそうだと考えた俺は、お館様への報告と一応蝶屋敷で診察もしてもらおうと考えて、その場を離れた。

 多大な犠牲とともに鬼舞辻無惨を倒した後も鬼が完全に消えることはなかった。炭治郎が言うには、ずっと昔に日の呼吸の使い手だった人が無惨をもう一歩のところまで追い詰めたとき、結局は逃げられてしまったのだけど無惨も瀕死ぐらいにはなったらしくて、一時的に鬼たちを支配している力弱まったらしい。俺たちに協力してくれた鬼である珠世さんはその時に無惨の呪いから外れることができたらしいんだけど、同じように呪いから逃れた鬼がいて、今も残っているのはそういう鬼なんじゃないかって話だ。
とはいえ最大の脅威だった無惨は消滅したし、時代が移ろうにつれて隠れ里を隠したままに存在させることも難しくなってきている。幸いなことに産屋敷邸の周辺は山数個分含めて産屋敷家の持ち物らしく、私有地ということで一般的な往来は禁止できるので刀鍛冶の里もその山中に移動させた。今では隊士であれば自由に出入り可能だ。周辺には鬼除けの藤も年中狂い咲いている。
 解散するかと思ってた鬼殺隊は、鬼の存在を確認したため存続。炭治郎は日柱、猪之助は獣柱、カナヲは花柱、俺は鳴柱となり、岩柱、風柱、水柱、蛇柱、恋柱は続投となった。元炎柱の煉獄槇寿郎さんと元音柱の宇髄さんは産屋敷邸の警備を担っている。

 俺個人の話をすると、特に変わらずってところ。ああでも、任務には愚図らず行けるようになった。自分がちゃんと鬼を倒せるってわかったから。
 俺が初めて自分で倒した鬼は、鬼になってしまったかつての兄弟子だと思ってたんだけど、炭治郎や一緒に任務に就いたことのある隊士や隠の人によると、今まで任務中に緊張感や恐怖感が極まった俺は意識を失って、そして気絶したまま鬼をの首を落としてたらしい。
もー、そういうことはちゃんと教えてよねー。言われても信じなかったかもだけどさ。
 後は、柱にはそれぞれお館様から屋敷がもらえるんだけど、鳴屋敷は存在しない。もう少し正確に言うなら音屋敷兼鳴屋敷、っていうか鳴部屋かな。宇髄さんの音屋敷の一室が俺の部屋だから。あの、えーっと、俺ね、宇髄さんの四人目のお嫁さんになったの。あー、お嫁さんって言い方にはちょっと語弊があるかな。でもまあ、実質そんな感じ。だからもう宇髄さんじゃなくて天元さんって呼んでる。任務とか稽古とかでは相変わらず厳しいけど、それ以外ではすっごく甘くて、俺はいつもでろっでろにされている。自分が液体になってるんじゃないかって思うくらい。大袈裟じゃなく一歩も自分の足で歩かせてもらえないくらい甘やかされている。


 ふんふんと鼻歌をこぼしながら、鬼殺の里の通りを歩く。後頭部の天辺あたりで結わえて背中に流した髪が体に合わせて左右に揺れる。髪紐の両端の飾り石がぶつかってかつんかつんと拍子をとる音がなんだか面白かった。
 もう少しで産屋敷邸、というところで背後から聞こえてきた音に振り返ると、限りなく白に近い白銀が目に飛び込んでくる。少し視線を下げるといくつかの傷、さらに視線を下げると刺すような眼光。相変わらず圧が強い。昔ほど怖いとは思わないけど、条件反射で身構えてしまうのはもう仕様がないね。そこにいたのは風柱おっさんこと不死川実弥だった。

「お疲れ様で「お前、名はァ?」す?」
 被せる様に掛けられた声に挨拶が疑問形になってしまった。問われた意味が分からなくて首を傾げていると、視線を鋭くしたおっさんはずいずいと近付いてきた。
「名前はァ、それと階級だァ、さっさと言わねえかァ。」
「えええええ、何の嫌がらせですかそれ。もお~、我妻善逸、階級は柱ですよ。知ってるでしょ。」
 俺の返答を聞いて、おっさんが発する圧が強くなる。
「どういうつもりか知らねえがァ、俺はお前みてえな奴はしらねえなァ。しかも柱ってのはどういうことだァ。」
 刀の柄に手をかけて、軽く腰を落とす。いつでも抜刀できる状態のおっさんに、俺は慌てて距離をとった。
「どういうことも何も、そのままっ。鳴柱!我妻善逸!もうほんと何なんだよこれぇぇぇぇぇぇぇぇ。」
 天を仰いで大声で喚く俺に、おっさんが若干引き気味な気配がする。困ってらっしゃる、そうでしょうね、ごめんなさいねっ。でも俺だって困ってるよぉ、おっさんがそういう冗談言う質じゃないってわかってるから余計にねっ?

「なにやってんだ、派手な大声だして。っと、不死川じゃねえか。まぁた下級隊士いじめか?」
「いじめてねェ、ふざけたことぬかすなァ。」
「天元さんっ?よかったああ、もうおっさんに何とか言ってよ~。」
「んん、どっかであったか?覚えがねえな。そんな派手な髪してる奴、忘れようがねえと思うが...。」
「は......?」
 混乱する俺に警戒しながらも引き気味のおっさんという混沌とした場に、割り入ってくる声。天の助けとばかりにがばっと顔上げて眉を下げた俺は、帰ってきた言葉に混乱を通り越して凍りついたのだった。

 我に返った風柱によって捕縛された俺は、おっさんと天元さんに挟まれて、お館様の前に連行された。結論から言うと、お館様も俺のことは知らないと言った。
「でも少し待ってもらえるかな、記憶にはなくても記録にはあるかもしれない。これまでの鬼との交戦記録や、隊士の入隊記録、柱の任命記録を確認してみよう。」
 慌てることもなく輝利哉様はそう言った。控えていたくいな様は何も言われずとも部屋を出て、少しばかりの時間の後いくつかの書物を抱えて戻ってきた。あれが、お館様の言う記録なんだろう。くいな様からそれらを受け取って、お館様が目を通していく。しばらくの間、ぱらぱらと紙を繰る音だけが場を満たした。
 ぱさり、と書が閉じられてお館様の目が並ぶ俺たちに向けられた。
「うん、確かに記録には残っているね。鳴柱我妻善逸、無惨討伐にも参加して、上弦の陸を倒している。対無惨でも尽力したとあるね。柱への任命はその功績からかな。日柱、獣柱、花柱と同期入隊なんだね。」
 微笑みながら言う輝利哉様は、この数年で先代のお館様に似た雰囲気と貫録を持ちつつある。意識して近づこうとしている節があってそれが少し切ないなあと俺なんかは思う。槇寿郎さんや天元さん、岩柱なんかはそれがわかってて、何とか少しでも甘えてもらえないかとそわそわしているのを知ってる。余談だけど。

「はい、そうです。」
 肯定する俺に頷いて、視線を風柱に送る。
「実弥、縄を解いてあげて。」
 がちがちに縛られた状態から解放された俺は、お館様の前だけど大きく伸びをして体を解す。そんな俺が落ち着いた頃合いで、お館様が原因について訊ねてきた。心当たりは直前の任務、あの鬼が消え去り際に放ってきた血鬼術以外にはない。それを説明すると、再びくいな様が席を外す。戻ってきたくいな様の肩には一羽の烏がいた。
「蝶屋敷に伝令をね。原因が血鬼術となれば対応はアオイに任せるしかないから。後、今任務で里に不在の炭治郎とカナヲにも烏を送ったんだ。二人は善逸のことを覚えていたよ。つまり善逸から一定の距離にいる人間だけが、善逸に関する記憶を忘れてしまうみたいだね。範囲はこの里くらいなのかな。取り敢えず里の外にいる者たちには火急の要件でもない限りは里に戻らないよう伝令を出したよ。」
 いつの間に。さすがお館様、判断も行動も早い。
「体に不調があるわけではないから、ずっと蝶屋敷にいる必要はないと思うけど、里からは出ないようにしてくれるかな。」
「あ、はい。」
「お前が柱なら屋敷があるだろ。術が解けるまではそこに籠ってるんだな。」
「いや、天元。鳴屋敷はお「お館様っ。」」
「お館様の言葉を遮るんじゃねェ。」
 天元さんの言葉に続くお館様の声に被せる様に叫んだ俺に、風柱の圧が飛ぶ。そんなもん無視だ、無視。
「蝶屋敷にっ、お世話になろうと思います!」
「...そう、そうだね。大事をとって、そうしてもらおうか。アオイにはもう一度伝令を出しておくよ。」
 縋るような俺の様子に、何かを察してくれたのかお館様はそう言って頷いてくれた。産屋敷邸を出ると、風柱は「騒ぎ起こすんじゃねえぞォ」と釘を刺して去っていった。天元さんはなぜかついてくるようだ。暇なのかな。一緒にいられるのは嬉しいけど。

 蝶屋敷の入り口ではアオイちゃんが仁王立ちしていた。怖い。
「あなたが鳴柱様ですね。まったく記憶にありませんけど、治療記録には確かにあなたのことがありました。とりあえず、診察室にどうぞ。」

 スタスタと屋敷の奥へと進んでいくアオイちゃんの背を追いかける。この蝶屋敷の主だった蟲柱、胡蝶しのぶさん亡き後カナヲがここを引き継いだ。だから厳密にいうとここは花屋敷なんだけど、皆今でも蝶屋敷って呼んでる。カナヲもそうして欲しいって言ってるから。そして、蝶屋敷の医療施設としての役割を引き継いだのは、アオイちゃんだった。引き継いで最初の仕事が無惨戦後で、生き残った隊士の多くが生死の境をさまようような状態だったのもあって、悩む暇も落ち込む暇もなかったと落ち着いたころに話してくれたっけ。しのぶさんが残してくれた膨大な資料と記録と首っ引きで治療を行う彼女を一番支えてたのは、野生児の猪之助だったなあ。蝶屋敷の奥、居住のための私的空間には猪之助の個室がある。


 一通りの診察と検査を受けた後、診察室の丸椅子に座ってアオイちゃんと向き合う。
「お館様の推察は、あなたと接触した人間が記憶をなくすのではないかということ、直接接触はしていなくても一定距離内にいればその影響を受けるのではないかということでした。私はあなたと直接会う前からあなたの記憶がなかったので、これはその通りではないかと思います。一定距離については詳しい範囲は不明です。お館様によれば、里外で一番近くにいた隠に里の入り口まで来てもらったそうですけど、そこではあなたの記憶は消えなかったそうです。あなたも通った場所でも記憶が残ったままということは、その血鬼術はあなたが辿った場所に残るとかはなくて、あなたを中心として効果が発揮されるんでしょう。」
 この短い間になんか色々判明してる。ぽかんと口を開けた俺は間抜け面でただただ感心していた。
「あなたの話によれば、血鬼術の煙みたいなものを吸い込んだかもしれない、という話なので、それがあなたの体内で何らかの悪さをしているのかもしれないです。とりあえず、日中はしっかり日光を浴びることと、解毒の薬が効く可能性が高いので、朝晩必ず飲むようにしましょう。」
 解毒の薬って、もしかしなくてもあれだよね。那田蜘蛛山で蜘蛛にされかかった時に飲んでたやつ。あれをまた飲むのかあ。
「飲みましょうね。」
 顔をしかめる俺に、眉間に皺を寄せながら笑うっていう器用なことをしながらアオイちゃんが再度確認してくる。
「は、はあい。」
 しぶしぶ頷くと、もう用はないとばかりに診察室を追い出された。

 アオイちゃんに頼まれたのだろう、廊下にはなほちゃんがいて病室に案内してくれた。一応柱だからか個室だ。あらやだ、気を使ってもらっちゃって申し訳ないね。
「おまえ、本当に鬼殺隊士なんだな。」
 羽織を脱いで寝台に腰かけた俺に、不思議そうな声が降ってくる。天元さんだ。そう、この人ずっといたの、実は。検査中も診察中もずうううううっと。まあ、お館様がああいっても今は全く知らない人間だから監視もかねて、かな。警戒するような音がしてるし。こんなに音がするのって俺の耳がいいのも忘れてるからなんだろうな。そうじゃなかったら悟られないように音を消すなんて天元さんには簡単なことだ。
「蝶屋敷に向かうのも迷いがないし、誰に会っても初対面特有の緊張がない。検査だの診察だのなんて慣れてても少しは身構えるものだが、信用しきってるしな。」
 天元さんの言葉に思わずくすっと笑いが漏れる。
「ここで何度も命を救われたんだから信じてるよ、当たり前でしょ。それにしても自分が皆に忘れられるなんてなあ、血鬼術ってほんとになんでもありだなあ。」
「......まあゆっくり養生しろ。不死川の繰り返しになるが、大人しくしてろよ。まだ警戒してる奴もいるからな。」
 はぁと溜息をついた天元さんは、そんな言葉を残して蝶屋敷を後にした。

 ぼおっと縁側に腰かけて日向ぼっこ。あれからすでに二週間が経過した。その間することと言ったら朝起きてご飯食べて薬飲んで縁側で日向ぼっこして昼になったらご飯食べてまた縁側で日向ぼっこして日が落ちたらご飯食べて薬飲んでお風呂入って寝る。この繰り返し。治療のためだから不満はないけど退屈なのは否めない。暇すぎて脳が溶けるんじゃないかと思ったりする。俺のせいで里に戻れない炭治郎やカナヲや村田さんや時々猪之助達との手紙のやり取りが一番の楽しみだ。今も縁側に行儀悪く寝そべって、さっき届いた手紙を読んでいる。今はみんな里に一番近い藤の家紋の家に滞在してるらしい。みんな一緒でいいなああ。羨ましさにジタバタしてると、庭のほうからこちらに向かってくる足音に気付いた。
「よお、相変わらず派手だな。」
 現れたのは天元さん。右手には小さな包み。ぴょこんと起き上がった俺は、手の平を上に向けて両手を伸ばした。
「お土産?お土産?食べ物?何?」
 満面の笑みで迎える俺に、その整った顔を顰める。
「お前なあ、先にいらっしゃいとかありがとうございますとか、他に言うことあるだろうよ。」
 言いながらも俺の手の平の上に包みを置いて、縁側に腰を落とした。
「うへへ、いらっしゃい。ありがとうございます~。あ、豆大福!おいしそう。」
 包みを開けると出できたのは小ぶりな豆大福が二つ。早速一個手に取って齧りつく。もちもちした皮に歯を立てると餡子の触感と甘み、咀嚼を続けると豆が程よい歯応えを伝えてきて、その美味しさに体を揺らしてしまう。そんな俺の様子を見て苦笑をこぼした天元さんは、自分も豆大福を一つ摘んで口に放り込んだ。
 天元さんは毎日ではないけど三日と開けずに俺の様子を確認しに来る。早々に警戒は解いたみたいだけど、何が楽しいのか俺に構ってくれる。話すことなんてそうないから、ただ縁側に座って日を浴びてるだけ。俺はそれでも一緒にいられるのが嬉しいけど、天元さんはどうなんだろう。我慢してるような音はしないから、いいのかな。
 口の中の大福をごくんと飲み込んで、半分残った大福も口に入れようとしたけど、さっきまでジタバタしてたせいで乱れた髪が一筋大福の端に絡んで、大福の粉で汚れた指を使わずにそれを外すのにごそごそしていると、見かねた天元さんが手拭いで自分の指を拭いてすっと髪を除けてくれた。お礼を言ってやっと大福を口にする。やっぱり美味しいなあと二口目も堪能してると、髪を摘まんでいた天元さんの手がゆっくりと俺の髪を梳き始めた。
 髪に触るのってかなり親密な行為になると思うんだけど、天元さんには記憶がないのにこれってどうなんだろう。まあそういう関係になる前からこの髪を気に入ってたから深い意味はないんだろうけど。おれは嫌じゃないから、まあいいか。
 上から下へと優しく撫でられる感触に目を細める。美味しいもので小腹は満たされて、ぽかぽか陽気に大好きな手となれば、眠気が来ても無理ないよね。俺は少しうとうととしかけたけど、不意に離れていった腕につられてそっちに顔を向けた。

「ド派手できれいな髪だけどよ、戦うには邪魔じゃねえか。切ったりしねえのか。」

 深い意味はないんだろうとわかっている。単純な疑問で、口にしてみただけ。二週間前の俺なら笑って流せたと思う。ただ、この二週間忘れられているという環境で単調な日々を繰り返していて、意識していないところでは不安があったんだ。このまま血鬼術が解けなかったら...。

「うん、そうだね。」
 
 その後もすこし日光浴を続けて、宇髄さんは帰っていった。

「きよちゃん、鋏貸してもらえる?」

 それは突然だった。縁側での天元さんとのやりとりから二日後。日課の日光浴の最中に、自分の体の中から「ぱきん」という何かが割れるような音がして、それだけ。特にどこも痛くないし、苦しいとか気持ち悪いとかもない。何だったんだろうとそのままぼおっとしていると、どたばたと足音をさせながらきよちゃんなほちゃんすみちゃんが突撃してきた。
「「「善逸さああああん。思い出しましたあああ!」」」
 わっと抱き着いてきて、ごめんなさいの大合唱。だいじょうぶだよ、っていいながら三人を宥めているとアオイちゃんもやってきて、呆れた顔で三人を引き剥がしてくれた。そのまま診察室に呼ばれてまた検査と診察を受けた。
「相変わらずどうして解けたのかはっきりとはわかりませんが、もう大丈夫なようですね。」
 ほっとしたような顔のアオイちゃんにお礼を言って、診察室を出ると、目の前に立ち尽くす人。

「もう大丈夫だって。天元さんもちゃんと思い出した?」
 笑顔でその人を見上げて、袖をちょんと摘まむ。動こうとしない大きな体を引っ張るようにこの二週間と二日を過ごした病室へと足を進めた。心なしか少し身軽になった気がする。
「善逸...。」
「久しぶりにお嫁さんたちの手料理が食べたいなあ。」
「ああ、準備するようには言ってきた。......善逸。」
「ほんと!嬉しいなあ。」
「...善逸!」
 ぐっと立ち止まって、固い声で俺を呼ぶ。それでも俺は笑顔で、俺とは対照的に苦し気に歪むその顔を見上げた。
「どうしたの、天元さん。」
「髪、その髪。......おれが。」
 結い上げてなお背中に流れる長さだった俺の髪は今、肩より高い位置までしかない。自分で切り落としたからだ。
「そうだよ、天元さんのせい。」
「おれはまた、お前を傷つけたか...?」
「......記憶が戻ったら絶対そうやって気にするだろうなってわかってたけど我慢できなかったのは俺だから、だから泣かないでよ。ごめん、そこまでとは思ってなかった」
 うつむく顔を覗き込むように近づいた俺の顔にぽたぽたと落ちてくる雫。透明の膜を張った紅い瞳が綺麗で、子供みたいに泣く天元さんが可愛くて、噛み締められた唇に唇を寄せて触れる。
「ほら、二週間以上もほったらかしてた嫁に、もっと他にすることあるでしょ。」
 一歩下がって、大きく腕を広げる。甘えるように首を傾げたら、大きな腕に体ごと掬われて、結局病室には戻れずに音屋敷へと攫われたのだった。
 残した荷物はアオイちゃんに頼まれた隠の人が届けてくれました。

 こちらでも泣きながら出迎えてくれた雛鶴さんまきをさん須磨さんに飛びつかれて、若干の既視感を感じながら宇髄邸に運び込まれた。
 天元さんに抱え込まれたままご飯を食べて、お風呂に入って、いまは二人裸で広いお布団の中。くすくすと俺が肩を震わせると背後から俺を抱き寄せていた天元さんが肩越しに覗き込んできた。
「何がそんなにおかしいんだ?」
「ふへへ、いや、何年か前にも同じようなことがあったなあって思って。」
 あの時はまだ愛され慣れない俺が、天元さんやお嫁さんたちに除け者にされたような気がして、勝手に癇癪をおこして、逃げたんだった。天元さんも思い出したのか「ああ」と溢しながら息を吐く。俺の後頭部に顔を埋めてすんすんと鼻を動かしていたかと思うと、耳朶を甘く噛みながら耳の後ろを舌で舐め上げた。
「はあ、んんん。」
 抑えきれない甘い声が自分の口から漏れ出るのに、体を熱くしてしまう。天元さんはそんな俺の反応に気をよくしたのか、耳の穴にも舌を伸ばしてきた。
「あ、あああああんん。ふぅっ、んんっ。」
「善逸。」
 耳に響く湿った音と甘く呼ばれる自分の名前に、きゅっと体を丸めると、耳から離れた唇が項へと降りてきた。浮き出る骨に沿って舌で嬲られて、吸い付かれ噛みつかれてどんどん体の奥に熱がたまっていく。その熱を少しでも逃がしたくてはあっと息を吐くと、ぽんっと軽く仰向けに体勢を変えられて、天元さんが覆いかぶさってくる。顔中に口づけを受けたと後、唇を覆われて思わず口を薄く開くと、侵入してきた少し厚めの舌に思う存分口内を探られた。唇の端から流れた唾液を舐めとられて、そのまま天元さんの頭は俺の下方へと下がっていく。首筋を辿って鎖骨に軽く歯を立てる。いつもは執拗に弄られる胸の突起は軽く吸われるにとどまって、臍も越えて辿り着いたのはすでに濡れて震えるソレで。
 そこからは、やめてもダメも無理も通らないめくるめく一夜でした。いやもうほんと、今度こそ液状化したと思ったよね。勿論足腰は使い物にならなくて、自分では箸すら持つことなくやんごとなき姫君もかくやという扱いで過ごしたのだった。

 俺の頭を見てはため息をつき顔を歪める天元さんの頭を胸に抱えて、「また伸ばすから、いい子いい子」とよしよしするのはとっても楽しかった事を報告しとく。

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